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日々雑感(ミステリ感想中心)

湖底のまつり(泡坂妻夫/東京創元社)

82.湖底のまつり(泡坂妻夫東京創元社

総評:★★★★☆

オススメ:泡坂妻夫の代表作の一つ。多分に賛否は分かれますが、一読の価値あり。

 

あらすじ(引用)

傷ついた心を癒す旅に出た香島紀子は、山間の村で急に増水した川に流されてしまう。ロープを投げ、救いあげてくれた埴田晃二という青年とその夜結ばれるが、翌朝晃二の姿は消えていた。村祭で賑わう神社で、紀子は晃二がひと月前に殺されたと知らされる。では昨日、晃二と名乗っていた人物はだれか。読む者に強烈な眩暈感を与えずにはおかない泡坂妻夫の華麗な騙し絵の世界。

 

泡坂妻夫以外が書いたらおそらくバカミス。そんな一冊。

敬愛する泡坂妻夫の代表作の一つということで、非常に期待して手に取った(最近そういう期待度高い本ばっか読んでますね)。

そういう意味で言うと、なんというか、手放しで高い評価を与えるのはちょっと気が引ける、難しい作品だった。

 

ただ何言ってもネタバレに抵触しそうで、かつ全く先入観なく読むのが一番楽しい本なので、まぁ取り敢えず読んでみてくれや、としか言いようがない。面白い読書体験にはなると思う。

 

正直なところトリックだけなら星3つ、でも泡坂妻夫の卓越した文章力と構成込みで星5つ、間をとって総評は星4つ...って感じ。

 

しかしこれ、1978年に書かれたのはまじですごいな。一切古臭さを感じさせない。泡坂妻夫作品は本当に時代を超越した名作が多くて舌を巻く。まぁ取り敢えず読んでみてくれや。笑

 

 

 


※以下、ネタバレあり感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ちょっと他の作品のネタバレにもなってしまうんだけど、「殺戮に至る病と同じ」って感想に全力で頷いてしまった。それな

 

自分は叙述トリック大好き人間なので、この作品が叙述で有名な作品というのも実は知っていて読んだのだけど、終盤までからくりにさっぱり気付けなかった。

解説するまでもないと思うけど、この作品、ある種すごいアンフェアギリギリなんですよ。第一章の地の文で「晃司」としている人間が、実は第二章以降の晃司ではないので。

フェアに行くなら、せめて地の文では苗字呼びがよかったんじゃないのかな(緋紗江と晃司は結婚して苗字が一緒になるはずだから)

 

あとまぁ、抱きついたりあまつさえセックスしてんのに男と女間違えるか...???という...ちょっと...無理あるよね...

もしかして紀子、途中から晃司が女だって気づいていながら続行したんかなとも思ったけど、おまけさんの時に男性を探してたしそれはないか。

 

一応、

相手の眸の中に自分を見てから、不思議なことに、晃二に男を感じなくなっている。

みたいな描写はあるんだけどね。うーん。まぁ女性だって気づいちゃってたら、最初の謎である「一節の契りを交わした男は実はその時すでに死んでいた」っていうのが成立しないからな。

 

いずれにしても、トリックだけ評価するとかなり微妙な叙述だなーと思った。しかも真相はまあまあ下品だしね。早坂吝とかが書いたらもっとひどくなってたんじゃなかろうか。笑

 

実際、こういうアンフェアさと一発勝負ネタみの強いトリックなせいで、「これだから叙述トリック作品はくだらないんだよ」みたいな感想も散見した。まぁ、言わんとしてることはわかる。

ただ、やっぱ文章力がすごいんだよね。

この辺は好みかもしれないけど、あんまり下品さを感じない。むしろ耽美な美しさまで感じる。官能小説か?みたいなレベルで丁寧に描かれた濡場のシーンも、メイントリックである 「第一章の晃司」≠男性 であることを隠すためのもので、無意味な描写がほとんどない。

 

ダムのシーンが冗長という指摘もあったが、金海や源吉のことなども描写しておいて容疑者や動機をばらまいておかないと、作品のトリック自体は非常にシンプルなので、簡単に真相を見抜かれる可能性がある。個人的には冗長だと思わなかった。

 

あと、叙述にありがちな「一行でどんでん返し!」にこだわらなかったところも評価したい。

なんなら、三章ラストの館崎との対話シーンで「晃司と名乗っていたのは私です」とか言うだけでネタバラシも可能なのだが、そんな安っぽいことをしないのが泡坂妻夫だなーーー!!!と言う感じ。緋紗江の章でじわじわ真相が分かるんよね。

で、一番ラストのシーン、

「いいの、誰でも!」 
紀子はそれだけの本心を、やっと告げた。

があまりに綺麗すぎる。

 

館崎と再婚を決めたと言う顛末からの、「梨色のワンピースを着た女性」を「晃司」とみとめて駆け出す紀子、この「緋紗江」と「晃司」が騙し絵のようになっている構造をひとつにまとめたような描写がほんと計算され尽くしてて大好きなんだけど、どうにも説明が難しいね。笑

 

島荘の「異邦の騎士」読んだ時も、ミステリってトリックだけじゃなく描写力(見せ方)もめっちゃ読後感に影響するなぁと思ったんだけど(当たり前といえば当たり前ですね)、本作も泡坂妻夫の文筆力によって怪作と化した作品だと思う。

うーん、素晴らしい。

 

zakkan0714.hatenablog.com

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