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日々雑感(ミステリ感想中心)

片眼の猿(道尾秀介/新潮社)

78.片眼の猿(道尾秀介/新潮社)

総評:★★★★☆

オススメ:ハードボイルド×どんでん返しを楽しみたいあなたへ。

 

あらすじ(引用)

俺は私立探偵。ちょっとした特技のため、この業界では有名人だ。その秘密は追々分かってくるだろうが、「音」に関することだ、とだけ言っておこう。今はある産業スパイについての仕事をしている。地味だが報酬が破格なのだ。楽勝な仕事だったはずがー。気付けば俺は、とんでもない現場を「目撃」してしまっていた。

 

個人的ベストミステリ10選に入る「向日葵の咲かない夏」の道尾秀介の有名作だったので、かなり気合を入れて手に取った。
の、だが......

 

うーん。

おそらく、向日葵〜ほどの怪作を期待すると微妙なのだが、普通に良作という感じの位置付けというか。

終盤一気読みしてしまったくらいには怒涛の展開で、ストーリーもよかったのだが、基本ハードボイルドものなのでその辺が好きでないと面白くないかも。

自分は特に主人公とヒロインが好きになれなかったので、ちょっと読んでてしんどかった。でもその辺は個人の趣味の問題なので、星4つ。感動ものとか人情モノが好きなら結構会うのかもしれない。

でも、もしこの作品の前に向日葵〜を読んでないなら、そちらから先に読むのを勧めたいかなぁ(両作品に関連性はないけど)。初道尾がこれになるのはちょっと惜しい気がする。

 

良いところも悪いところもとにかく「仕掛け」に言及せざるを得ないので、詳細はネタバレあり感想にて。

 

 

 

 


※以下ネタバレあり感想(「向日葵の咲かない夏」のネタバレに言及しています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


向日葵〜が一行でどんでん返し系だったので、本作も絶対絶対絶対に叙述だ!!!と思い込んで読んでいたのだが、全く見抜けなかった。悔しい。

アパートの住人全員が(主人公を含め)障害者というどんでん返しはなかなかすごい。しかもタイトルが「片眼の猿」で大胆なネタバレになってるんだよね。障害者の扱い方という意味ではロートレック荘を思い出した。

 

ただもったいないのが、障害者であることがミステリのメイントリックにほぼ関わってこないところ。主人公が実は(耳がいいのではなく)盗聴器を使っていたこと、ヒロインが目が大きくて隠しているのではなく小さいことというのを、なんかもうちょっと上手いこと使って欲しかった(その辺、「葉桜の季節に君を想うということ」はメイントリックにも絡んでて本当うまいよね)。

特に、ヒロインの目については、他の障害に比較すると真相を明かされた時の落差が小さいので全然驚けないというかどうでもいいと思ってしまうというか。

 

まぁただ、他人にとってはどうでもいいことでも、当人にとっては大きなコンプレックスなんだという表現なんだとは思うし、「障害者」の新しい書き方として文学作品的には出来良いなとも感じた。

よく考えてみれば向日葵〜でもミチオの狂気は事件の真相自体には関連無いし。でも本作は向日葵〜ほどのカタルシスはない。何故なのか。

それは、ストーリーがなんだかあっちゃこっちゃ行く上にどのキャラにも感情移入できないからだと思う(感情移入できなかったのは読者側の問題もあるかもしれないけど…)。

 

個人的に本作一番の微妙な点は、トランプ占いと冒頭に示される「落ちていく旅客機を予見し微笑む女」の謎が、どちらも強引なこじつけでほぼ推理不可能なところだ。

ここをうまく伏線に仕立て上げるには、もう少し「見え見えな謎」(例えば三梨の「もう一つの不名誉なあだ名」(=耳無し))くらいにしないと、明かされた時に「なんで気づけなかったんだ!」というカタルシスに繋がらない。繋がらない上に、読者的には他の謎と結びつけて考えてしまったりするから、話がなんだかとっちらかってくるんだよね。

 

一方で、帆坂くんが車椅子であること、双子がそれぞれ片腕をなくしていること、まき子婆さんが失明していることはそれぞれ結構「見え見え」な伏線があり、見えている世界が一変する、かなりの驚きポイントである。実際結構カタルシスがあった。

なのに物語としてその「ギャップ」が結びついてくるのは、「冬絵の目のコンプレックスを慰める」ためだけ。めちゃくちゃもったいない。

あと秋絵が実は男だったみたいな叙述トリックもあるけど、これもなんだかビックリさせておしまいになってて勿体なかった。

 

もうちょっと謎の優先度に合わせて強弱をつけつつ、物語の構成を再整理したらいいのになーと思うのだが、おそらくそれがバチッとはまったのが向日葵の咲かない夏だろう。

メインの叙述トリックを一本に縛り、それをアンフェアギリギリで隠しながら一つの事件を追わせるとともに、感情移入しやすい主人公にする(ところがどんでん返しで、読み手の分身たる主人公に一気に突き放される)。実に上手い作品だった。

 

本作品はどうしても怪作・向日葵〜と比較してしまうので、低評価になってしまったが、いずれにしても捻った叙述を書いて下さる作家さんのようなので、また他にも読んでみたい。文章もすごく読みやすいし。次はカラスの親指かなぁ。

 

 

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