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日々雑感(ミステリ感想中心)

異邦の騎士 改訂完全版(島田荘司/講談社)

71.異邦の騎士 改訂完全版(島田荘司講談社

総評:★★★★★

オススメ:御手洗潔最初の事件。どんでん返しを読みたい方へ。

 

あらすじ(引用):

失われた過去の記憶が浮かびあがり男は戦慄する。自分は本当に愛する妻子を殺したのか。やっと手にした幸せな生活にしのび寄る新たな魔の手。名探偵御手洗潔の最初の事件を描いた傑作ミステリ『異邦の騎士』に著者が精魂こめて全面加筆修整した改訂完全版。幾多の歳月を越え、いま異邦の扉が再び開かれる。

 

本書のあとがき曰く、「異邦の騎士」は氏の25作目に発表された作品ではあるものの、実は書き上げた時期としては占星術殺人事件よりも先んじており、処女作であるという。
...いや、これが処女作...?!!でしかも、納得がいかないばかりに9年も眠らせた??!島田荘司、やはり怪物ーー...!!!

 

と、なんかそっちの方にばかりインパクトがいってしまったのだが、いやぁ傑作ですね...

 

正直、島荘は「斜め屋敷の犯罪」、「ねじ式ザゼツキー」しか読んでおらず、どちらも技巧を凝らされてるけどnot for meかな〜という評価だったのですが。

本作はまぁ至る所で絶賛の嵐で(詳細はネタバレあり感想で)、これはいつか読まねばなるまいと買ったものの3年ほど積んであったんだよね。

しかしこれは早めに読んで正解だったかも。

 

難点を挙げれば、物語の構造がサスペンス寄りかつ中盤ちょっと冗長な部分もあるので、「殺人事件がバンバン起きて探偵が華麗にトリックを見破る!」的なものを期待している時には合わないかも。

でも展開は起伏に富んでいて、読み始めたら止まらなくなると思う。特に終盤の盛り上がりはお見事。

あと島荘の超超有名どころといえば「占星術殺人事件」なんだけど、どうしたもんかなぁ〜……踏ん切りがついたら手に取ります...

 

 

 


※以下、ネタバレあり感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は本作も、叙述トリック系のおすすめミステリ一覧で見かけたもの。

叙述トリックだったのかといわれると微妙だが、記憶をなくした青年こと石川敬介がのちの御手洗シリーズ助手になる石岡和己とは。

いや、すみません上述した通りあんまり御手洗シリーズ通ってないので、石岡君のことは詳しく覚えてないんだけど割と衝撃だよね。

 

本作の見所はやはり、益子の日記が発見された下からの怒涛の展開。そして

「良子が殺される!」

だが、次に御手洗が言った不可解な言葉は、俺の体から、一瞬にしてすべての力を奪ってしまうほどの威力を持っていた。

良子ちゃんが井原の娘でもか?!」

このシーン。

サスペンスものに見えた本作が一挙にミステリの様相を呈する、この一言にしびれたね。

 

本物の「益子秀司」の考えたトリックはなかなかにトンデモで、そんな上手くいくか?!とは思ったものの、いやぁよく出来てるよね。

主人公の記憶喪失から始まり、良子との出会いからの日記発見と、「あまりに出来すぎ」ていておかしかったんだけど

・記憶喪失に「させた」のではなく、記憶喪失だった人が偶然いたからこの計画が始まった

・仕組まれていたから良子との生活も、日記の発見も、あまりにスムーズだった

と、考えてみれば納得。

 

御手洗が足で調べた部分も結構あるので、主人公サイドの情報だけで読者が完全に推理可能かというとやや疑問ですが。

「鏡を見れないトラウマ」からの免許証誤認はまぁありそうだろうなと思ったけど。むしろ、主人公は自分の顔が分からんのに、なんであの免許証が自分のものだと思ったんだろう。ていうか、免許証を主人公が他の人に見せていたら、完全に計画がご破算になってた気がするんだけど、その辺はいいんですかね。

 

トリック部分は詰めればちょっとご都合主義というか、詰めが甘いところもないではないけど、それにしても良子がきっちり死んでしまうとはビターなオチだったなぁ...

 

今振り返れば、この事件の私は、自分では何の力も持たない無力な操り人形だった。...
しかし、計画者の計算外の糸が、そこに一本だけまぎれ込んでいた。...良子の小指の赤い糸は、確かに私とつながっていたと今は思う。だがそれはあまりにか細く、私を救うために切れたのだ。

 

良子とのささやかながら幸せな生活の描写は、ミステリとしての本書にとっては極めて冗長的だが、やっぱりこのラストを描くためには必要不可欠な部分だったとも思う。

時代も結構古くて、生活描写は全然身近に感じられないのに、島荘の文筆力でめちゃくちゃ主人公に感情移入して読んでしまったので、良子が亡くなった付近からボロボロ泣いちゃったよ...

記憶喪失が解けたあとの石岡が、良子との生活を「まるで異邦にいたかのよう」と表現し、そんな夢幻のような世界の中でもとびきり現実離れした男「御手洗潔」の姿だけは、確かにそこにあったーー...というシーンが詩的で素晴らしい。

あとがきにも、詩に触れることはミステリを書くうえでも役に立つ的なことが書かれていたけど、この島荘独特の抒情的な感じというか、文章はそういうリリックにインスパイアされてるのかなぁ。すげぇや。

 

御大の作品が何故これだけ評価されているのか、一端を思い知らされたので他にも読んでみたくはあるんだけど、物理トリックはそんなに得意でないのでどうしようかなぁ。御手洗&石岡コンビでなんか良いのがあれば。