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殺戮にいたる病(我孫子武丸/講談社文庫)

9.殺戮にいたる病(我孫子武丸講談社文庫)

総評:★★★★★

オススメ:エログロミステリと衝撃の結末を楽しみたい方へ

 あらすじ(引用)

永遠の愛をつかみたいと男は願った――東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔! くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。 (講談社文庫)

 

すごく面白いミステリだけど人を選ぶ。今までレビューした中でエログロ度がぶっちぎり。具体的にいうと死姦描写がかなり詳しいので、気にならない人だけ読むように。読みながらあんまり想像しちゃダメ。

あと、私はかなり高評価をつけたが、感想サイトを回ると賛否両論分かれている。

いわゆる密室トリックやアリバイ崩しといった定番のミステリではなく(風体としてはむしろ社会派に近い、地道な足での捜査を行う)、たった一つの仕掛けでドンデン返しするパターンなので、それを面白いと思えるかどうかで評価が割れるのだろう。仕掛けの使い方はダイナミックかつ緻密なので、個人的には良く出来ていると感じた。

構成も面白い。いきなり犯人が逮捕され呆然として傍に佇む女性の衝撃的なシーンから始まり、①犯人視点、②犯人の身内の女性視点、③被害者の1人と関連していた引退刑事視点(捜査パート)が交錯しながら話が進む。追う者と追われる者の緊迫したサスペンスとしても良い出来だと思う。

また、非常に有名な作品なので、直接ネタバレを踏むというより他の作品のレビューで引き合いに出されることがままある。冒頭で述べたエログロに耐えられるなら、教養として通っておくべき作品ではないか。

因みに作者の我孫子武丸は「かまいたちの夜に」シリーズのシナリオライターとしても有名である。なるほどね〜

 

殺戮にいたる病 (講談社文庫)

殺戮にいたる病 (講談社文庫)

 

 

 

※  以下ネタバレ感想

 

 

 

 

 

 

 

 

蒲生雅子の息子であり大学生である人物A=「蒲生稔」、と思いきや、Aの父親(大学教授)である人物B=「蒲生稔」だった、という叙述トリック

伏線の張り方が割と複雑なので、綺麗にまとめてくださっているサイトの方で確認してほしい(説明放棄・笑)。なお当然ネタバレを含みます。

【ネタバレ注意】我孫子武丸『殺戮にいたる病』の感想。|裏旋の超絶☆塩レビュー

↑を読んでいただければもう十分な気もするが、まぁ一応自分なりに要点をまとめておく。

 

年齢誤認自体はよくある叙述トリックだが、それを支える設定の仕掛けが光っている。

①犯人が被害者女性をナンパするシーンが若々しいので、思わず「犯人=大学生」であるように誤認する。

②犯人が死姦する動機の一つだった、母親への情愛に関する挿話があるせいで、「犯人の母親=雅子」だと誤認する。実際には「犯人の母親=雅子の義母」なのだが、雅子パートでは、義母が目に入っていない(息子と娘のことしか考えていない)ので、読者にも見えにくくなっている。

やはりポイントは蒲生雅子パートによる目くらましだろう。蒲生雅子は息子(A)が殺人犯なのではないかと疑い、度々息子の部屋に入っては怪しい物品を発見するなど疑惑を濃くしていくのだが、一方で自分の旦那(B・蒲生稔)や義母への興味は薄く最低限しか描写がない。だが、その最低限の描写の中に、Bが大学教授であることが示唆されるなど伏線が張ってあることに読み返してから気づく仕組み。

叙述トリック系のミステリをレビューする度にしばしば書きそえることだが、やはりキャラクターの多重性によって読者の固定概念が崩壊していくところがとても面白い。

今回の場合は、家庭内では存在感がなく地味なお父さん(雅子パート)だが、外では甘い言葉で次々と女性を誘惑して猟奇的な殺人を行う犯罪者(犯人パート)という落差が効いている。

この辺の「父親像」のブレの大きさは、なんとなく当時の社会観を反映しているようにも思う。家庭内で演じている「父親」も、社会に出れば「大学教授」で、昔は「母親を愛し父親に酷く抑圧された息子」であり、その結果「殺人鬼」でもあるという、「一人の人間が持つ多面性」が本作品の主軸なのではないか。

そういえば、猟奇的な犯罪=若者・男性という先入観を崩壊させるのは某作品(4文字タイトルの有名ミステリ/クリックで私のレビュー記事に飛びます)でも見受けられたね。

あと初読時は、「父親ほども年の離れた樋口に想いを抱いていた敏子が、何故ホイホイナンパについていってしまったのか?」が謎だったが、犯人も壮年の男性だったから、というのが判明して非常に納得してしまった。

(でも読み返したら犯人である稔は年の割に若い見た目(30代に見えるという目撃証言)を考えると、全然関係なかったっぽい。うーん、「稔=ちょい悪オヤジ系な外見」というイメージが外れてしまった)

 

読んでからしばらく経ってこのレビューを書いてるので、ちょっと薄味になってしまったが、読んだ後はしばらく呆然としたくらいショッキングな作品だった。演出の妙とはこのことだろう。

 

追記:投稿してから、この作品を『イニシエーション・ラブ』の次にレビューしたことに気がついたのでちょっと補足。『イニシエーション・ラブ』のネタバレを含むので以下反転で記述する。

(ネタバレ反転ここから)

イニシエーション・ラブ』も『殺戮にいたる病』も、叙述トリック1ネタなのに何故このように評価が真っ二つになってしまったのか(★2と★5)、自分でも今気づいてびっくりした。よく考えたらこの二作品似てるじゃん。どっちもミステリっぽさは視点人物誤認の叙述トリックだけしかなくて、その上その効果は読者を騙す意味しかない。作品の根本は多分、どちらも変わらないんだけど、やっぱりアイディアの使い方として殺戮のが断然上手いからこのように直感的な評価が分かれたのだと思う。

なんていうか、殺戮は盛り上げ方が上手いのだ。冒頭からいきなり逮捕されるシーン。呆然とする雅子。ここからもう「騙し」が始まっている。樋口、雅子、そして稔の三者による追う・追われるのスリリングなトライアングルもまた、ワクワクしながら読んでいける。この「楽しみ」のベクトルは、あくまでミステリとしての方向性から逸脱していない、読者の期待を裏切っていないから、評価を高くつけた。あと、一応読者だけじゃなくて、雅子も犯人像を誤認しているし。

ところが、イニラブはどうか。文章力がないとか構成が下手だとは思わない。むしろ上手いと思うし、人物描写にも長けている。だがどこまでいっても「恋愛小説」なのだ。ミステリ読者の期待する「楽しみ」とズレている。それ故真相が明かされても、殺戮ほどの戦慄がない。

多分に、人物誤認の幅が狭いせいで衝撃が小さかったのもある(イニラブでは数歳差の男性同士の誤認だが、殺戮では息子と父親という社会的立場もまるで違う人物同士の誤認)。やっぱり、叙述トリックなんて反則技スレスレを使うなら、思いっきり大胆に使ってほしいものだ。

イニラブ派には申し訳ないが、以上を以て評価の差についての言い訳に変えさせてもらう。

(ネタバレ反転ここまで)