32.さよなら神様 (文春文庫/麻耶雄嵩)
総評:★★★★★★
オススメ:これを超える読書体験は、なかなか出来ません。ただのジュブナイルミステリと侮ることなかれ。
※『神様ゲーム』と同じ設定が使われていますが、どちらを先に読んでも大丈夫です
あらすじ(引用)
「犯人は○○だよ」。クラスメイトの鈴木太郎の情報は絶対に正しい。やつは神様なのだから。神様の残酷なご託宣を覆すべく、久遠小探偵団は事件の捜査に乗り出すが…。衝撃的な展開と後味の悪さでミステリ界を震撼させ、本格ミステリ大賞に輝いた超話題作。他の追随を許さぬ超絶推理の頂点がここに!第15回本格ミステリ大賞受賞。
麻耶雄嵩にハマって2ヶ月程度の非常に新参者の私だが、『神様ゲーム』を読んだ6/14以来、この本の発売日をまだかまだかとやきもきしながら待った(たかだか1ヶ月だが)。待望の文庫化。なので、手にした時は尋常じゃなく興奮した。そしてめちゃくちゃ忙しい時期だったにもかかわらずその日のうちに一気読み。
もうね。読書の楽しみとはこれですよ。新刊の喜び。読者冥利につきるね。
というわけで、あまりに感動してレビューを書けないまま放置してました。普段は読んだらすぐ忘れないうちに書いちゃうんだけど、あまりに楽しみにしてたから作品の評価が客観的につけられなくて笑
いや、でも今冷静になって読み直してもやっぱり怪作です。全人類は『神様ゲーム』、『さよなら神様』を読んでください。読むのだ。
さて、本作は『神様ゲーム』の続編にあたるが、正直そっちを読まなくても全然楽しめる作品である。同一登場人物は「鈴木君」のみで、前作のネタバレは一切なし、『神様ゲーム』は中編、『さよなら神様』は連作短編集と毛色も違うので好きに読んで大丈夫。
一応、『神様ゲーム』を先に読んだ方が「神様システム」の理解とか鈴木君がどんな人物かを踏まえられると思うけど、『さよなら神様』でも最初の数編がその導入を果たしているので本当どっちでも良いかな。カタルシスは同じくらいヤバいので。
で、本作に独特なのは帯にもあるように「一行目で犯人が指摘されること」。というか、「全知全能の神様である「鈴木君」が犯行の全てを知っているので、不可謬の推理(最早推理とは言えないような...)をすることができ、正しいことが保証されている」というシステム。
あのね、これね、このシステムがどう凄いかってことがね、ネタバレしないと書けないんですよ...でもめちゃくちゃ画期的システムなんだ...
以前書いた「神様ゲーム」のレビューに詳しいが、このシステムは歌野晶午の「密室殺人ゲーム」シリーズにも似ていて、犯人視点という超越者だからこそ魅せられるトリックやロジック、ストーリーの展開という点がミソ。しかも、本作はついに「密室殺人ゲーム」を超えた感がある。犯人ですら「知り得ないこと」を、意地の悪い神様がやってのけてしまったからだ。(以前のレビュー:神様ゲーム (麻耶雄嵩/講談社文庫))
くっそ......本当さぁ...麻耶は何食べてこんな話思いつくのかなぁ......意味分からん...
ネタバレなしで語るのは本当に難しいので、とりあえず読んでほしい。読んでくれ。
ただ、6話中最初の3話までは、場合によって「つまらん」と思う人もいるかもしれない。でもそこまでは完全に前座というか前フリみたいなものなので、4話の「バレンタイン昔語り」まではなんとか読んで欲しい。ここまで読めばやりたいことが分かるはず。騙されたと思って読んで。
あと小学生のくせにこんな難しい言葉使わねーよみたいな反論はなしで。そういう世界観なんだと割り切って読みましょう。ほら、ぬ〜べ〜だって小6と思えないプロポーションの小学生出てくるし、テニプリもあいつら中学生じゃん(?)
これね、たった700円の本だから。700円でこんな体験できるのは本当に貴重です。だから読んで。読んだ?読んだら考察とか感想書いてくれ。私はこの本の感想がとても読みたいんだ。そういう本です。
※ 以下、ネタバレ感想
今回だけはほんっっっっとうに、読み終わった人しかネタバレ感想読んじゃダメだからね。こんな読書体験できる機会をみすみす潰さないで欲しい。読んだな?読んだな?
ネタバレなし感想がいつも以上に混乱を極めてますが、本書を読んでくれた人は混乱の意味が分かると思います。
いや、ほんと、やばいでしょ。
ラストの♡マークの破壊力がすごい。
とりあえずいつも通り、一章ずつ感想を書いていきます。
「少年探偵団と神様」「アリバイくずし」
どちらも正直ちょっと無理のある事件。
とはいえ、この2つの章では「こんなに偶然の重なりまくった犯行にも関わらず真犯人を見破ることができる」=「鈴木は不可謬の推理ができる神様である」ことが伝わればいいので、これくらい無理のある事件でちょうどいい。ルール説明のため&主人公周りのキャラクターを紹介するための章。
少年探偵団と神様の方では真犯人が捕まるが、アリバイ崩しでは真犯人が逃げおおせ完全犯罪が成立してしまうのもこの作品らしいところ。
「ダムからの遠い道」
第1章で冤罪だった美旗先生が真犯人として指摘されるあたり、「麻耶はこれだから.........」と唸ってしまった。うまい。ミステリでは定番といえば定番だが、一度疑われたあと容疑者から外れた人物って限りなく白に近いというかなんか良い人に見えてくるやつ。あれの応用編みたいな。信用できそうな人物がとことんひっくり返されるのが本作品の肝とも言えるので、ある意味この章からギアがかかってきたようにも思える。
ただ、トリック自体はちょっとお粗末にもほどがある。美旗先生の愛車が左ハンドルであることを知ればすぐに事件の全貌が明らかになるのに、警察がそれを知らないというのはちょっと無理があるのではなかろうか。
また、この章が一番主人公桑町に関するある引っ掛けに気付きやすい叙述が散見していた。
文庫版P128
そこそこ頭が切れる比土は察したらしく、〜俺たちを交互に見比べる。視線を俺に向けるときだけ嫉妬の表情が浮かんでいた。
文庫版P142
等。自分はこのあたりで、もしやまたあのトリックか?と勘付いたが、麻耶は惜しげも無く次章でネタばらしをする。さすが。「なあ、桑町。一緒にドライブしないか」
「ナンパですか?」
「バレンタイン昔語り」
これな!! この作品はほんと、ミステリ界の歴史に刻んで良いんじゃないか???レベル。やられた。意味が分からない。なんでこんな話を思いつくのか。ネタバレなし感想で書いた、「密室殺人ゲーム」をとうとう超えた、というのはこの話のこと。ミステリの限界に挑戦したミステリ。この話の凄さを説明するのは難しいのだが、敢えて説明すると、
①河合と赤目が出生の段階で交換されていたことを、本人達も犯人ですら知らないのに、神様だからという理由で鈴木は知っているという設定
②誰も知り得ない未来の殺人を、神様だから鈴木は知っていた
③むしろ、「犯人は依那古朝美」と鈴木が桑町に伝えなければ、赤目(河合)は死ななかったわけで、ある意味鈴木が依那古朝美による殺人のトリガーになっている
「神様システム」でなければ成し遂げられないエキセントリックな構造になっており、鈴木は性悪の神様というのがよく分かる怪作。
「比土との対決」
そしてここでとうとう比土が犯人となる。
「ダムからの遠い道」が軽いジョブだとすると、ここでストレートパンチを食らった。しかも被害者は小夜子。レギュラーキャラ2人がここで退場するとは思わなかった。そのうえ動機がまた狂っている。最高。
この章のトリックは簡単に言えば、「動機があるように見せかければ被害者は小夜子でなくてはならないことになるため、比土のアリバイが成立する。しかし実際には動機などなかったため被害者は小夜子である必要がなかった」ということ。単純といえば単純。
章タイトルの「比土との対決」は、比土vs桑町とも取れるが、比土vs鈴木だったようにも思われる。桑町は鈴木の絶対性を論理の根底に置いている(信用している)人間なので、その信用を崩そうと仕掛けてきた比土は唯一鈴木に真っ向から刃向かっている。比土、良いキャラだったのになぁ。
「さよなら、神様」
比土の自殺から始まる、桑町に対するいじめ。前章でもなかなか重いストーリーになってきてはいたが、今までとかなり毛色の違う話なので正直面食らった。なんかもう、どう考えても少年少女向けミステリとは思えない(前作の「神様ゲーム」が既にアレだったが)
そして最後のハートマーク。うーん、さすが麻耶.........なんかね...神様システム自体がミステリの枠を破ったとすると、この「さよなら、神様」では神様システムを更に上回ったと言えるんじゃないかと...破壊的だなぁ...
麻耶はメルカトルシリーズにおいても不可謬の探偵を登場させることで、ミステリの常道を覆してきた(特に『翼ある闇』と『メルカトルかく語りき』)。
だが、『神様ゲーム』では(ここからネタバレ)推理の完全放棄(ここまで)、本作では不可謬の神様による推理を信用しないというオチを持ってきて、もはやミステリというジャンルとは一体なんなのかという根本的な問いを突きつけてきたように思う。
...うーん、好きすぎて感想上手く書けない。
なんというか、『メルカトルかく語りき』を読んだ時はこれ以上のミステリは書けないんじゃないかと思ったけど、本作を読んで麻耶はまだいくらでも進化の余地があったのか...と頭を抱えてしまった......
新作、楽しみにしてます。