58.あいにくの雨で(麻耶雄嵩/集英社)
総評:★★★★★
オススメ:薄暗い青春ミステリとカタストロフを楽しみたい方へ。クリスマスにオススメです。
あらすじ(引用)
町に初雪が降った日、廃墟の塔で男が殺害された。雪の上に残された足跡は、塔に向かう一筋だけ。殺されたのは、発見者の高校生・祐今の父親だった。8年前に同じ塔で、離婚した妻を殺した疑いを持たれ、失踪していた。母も父も失った祐今を案じ、親友の烏兎と獅子丸は犯人を探し始める。そんな彼らをあざ笑うように、町では次の悲劇が起こりー。衝撃の真相が待ち受ける、青春本格ミステリ。
ほんっっっと麻耶はさ〜〜〜!!!(クソでか溜息)(読後最初の感想)
麻耶雄嵩の初期作品ながら高評価だったのでずっと気になっていたタイトル。
「青春小説だけどビターでよい」みたいな感想をちょこちょこ見かけており、「あの麻耶がまともに青春小説を...?しかもビター...??また螢みたいなトンデモカタルシス大爆発エンドじゃないのか...変だな」と首を傾げつつページを開くと。
......いや、そこからは語るまい、ぜひ読んでみてください。掴みがいきなり最高です。やっぱり麻耶は麻耶でした。ありがとう、これでこそ麻耶先生です。
でも、読み進めていくと確かに青春小説なんだよね。
大学受験を控えた高校三年生、「受験生」の名の下に忙しそうに見えて授業も次第に減っていく宙ぶらりんでどこか焦りだけが空回りする日々(この辺の描写は、なんとなく懐かしさも感じて非常に良きですね)。
主人公:烏兎とその悪友である獅子丸・祐今の3人組の雰囲気もとても好き。
祐今の父親を巡る殺人事件に遭遇してしまい、高校生ながらも捜査に関わろうとするものの、当然のことながら大人たちには制止をくらったり怒られたり。でも、彼らは彼らで本気なので色々と駆け引きをしてみたり。
この辺、リアルかと言われればまぁそんなことはないのだが(普通、一介の高校生がこんなに事件にかかわったりできないよね)、ちょっとした冒険小説感もあって読んでいて楽しい。
そしてまた、冒頭でも述べた「とある仕掛け」のせいで、読者としてはあることをずっと気にしながら読み進めることになるわけで...
オチも含めて、個人的には確かに傑作の部類でした。螢やあぶない叔父さんが好きならぜひ読んでほしい。自分はどっちも好きなのだが、なんとなく読み味が似ている。
なお、読後はきっと「ほんっっっと麻耶はさ〜〜〜!!!」と言いたくなること請け合いである。
※以下、ネタバレあり感想
いきなり13章から始まったんだが?!!!
という衝撃の導入を受けて始まる本作。やはり本書の白眉な点はこの「異常な構成」と「まったく救いようのないラスト」だろう。
ネタバレなし感想でもちらっと述べたが、この13章には極めて重要な要素がポンポン出てきて、というか「まだ読者的には起こってもいない密室事件のトリックがいきなり暴かれる」という異常事態なのだが、一番のポイントはなんといっても、
だが、考えたくはなかった。この色には見覚えがある。そして……昨日引っかけて裾が少し裂けていた服を見たばかりだ。
の一文。
そう、犯人を捜す手がかりは「破けた裾」であり、読者は自ずと「この服の持ち主は誰か」に注目することになる。
読み始めた際は、「ハウダニットはいきなり解かれちゃったし、むしろフーダニットやワイダニットに仕掛けがあるのかな?」と思ったのだが...読み進めていくと明らかに怪しい人物に誘導されていく。
矢的だ。
そして、案の定「ジャケットの裾が破けてるぜ」の一文があり、12章が幕を閉じる。
...まぁでも、これじゃミステリとしては素直すぎておかしいんですよ。もう一捻りないと。
と、薄々メタ推理で「矢的犯人=ダミーの真相」見えてはいたものの、まさかまさか、矢的が自殺し、それら全ての事件がホームズ役の獅子丸によるものだったとは。
ううーん、さすが麻耶先生...手加減という言葉は知らないようで。
烏兎が獅子丸に推理を披露するところはなんだかもういたたまれなかった。冒頭でも述べた通り、本書の優れた点の一つが、「烏兎・獅子丸・祐今」の3人組の友情の描き方なんですよ。
いや正直、個人的に入れ込んでしまってたのはあるけど、ここに至るまでにも、祐今に事件の間で判明したことを正直に言えず苦悩したり、獅子丸の孤独さを思う烏兎の心の機微に、結構頷きながら読んでたんですよ!それを!!おい、麻耶ああああ!!!!笑
獅子丸がここまで殺人を重ねるにいたった動機は到底理解できないもの。それも、今までずっとワトソン役・烏兎の目線から、ホームズ役として獅子丸を見ていた読者にとってその「裏切り」感は非常にインパクトがある。麻耶は本当に、異常なホムワトを描くのが上手いな...
いうまでもないが、この13章から始まる構成は非常に効果的なミスリードであることがわかる。
①トリックを真っ先に公開してしまうことで、いずれの密室事件も同じ手口であるかのように誤認する
②上述した通り、「破れた裾の持ち主」に読者の目線を誘導させ、他の違和感に気づかせない
③トリックを推理する役=ホームズ役に獅子丸を配する。かつ「破れた裾の持ち主」=犯人は獅子丸にとって大切な人(獅子丸にとって意外な人)であることに目を向けさせることで、獅子丸が犯人であることから目を逸らさせる
上述の①②③は、まさに、読者が烏兎の思考を追体験できるような補強になっている点はお見事。
烏兎にとっての獅子丸は頼もしい友人であり、犯人候補からは真っ先に外れるし、獅子丸の仕掛けたミスリーディングである「破れた裾」にもきちんと引っかかる。
13章が普通の位置に配されていたら、少なくとも「破れた裾」はあまりにあざとい演出すぎて、獅子丸犯人説の衝撃が弱まってしまうだろう。
麻耶ミステリ特有のこういうカタルシス、大好きなんですよねぇ...真相が見えた途端に世界がひっくり返るような、容赦のないオチ...
螢もそうだけど、本作ももっと有名になっていいと思う。
ちなみに、本作は色々と洒落た言い回しや伏線が多くてそのあたりも好きなのだが(タイトル回収の部分とか)、一番好きなのは
「最初に飴を口に含むんだ。甘いやつをな。そしてそのあとにコーヒーを飲むと、ブラックコーヒーみたいに味わえるんだ」
というやつ。
状況も相まって、なんかぐっと来てしまった。私も使おう(どんなシチュエーションで使うんだ…)
参考リンク: