好きなものだけ食べて生きる

日々雑感(ミステリ感想中心)

新装版 翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (麻耶雄嵩/講談社ノベルス)

21.新装版 翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (麻耶雄嵩講談社ノベルス

総評:★★★★☆

オススメ:アンチミステリの登竜門、もしくは麻耶雄嵩入門にどうぞ。

 

あらすじ(引用)

京都近郊に建つヨーロッパの古城のような館・蒼鴉城を「私」が訪れた時、既に惨劇は始まっていた。首なし死体、不可解な密室、奇妙な見立て殺人、そして蘇る死者…。「謎」だらけの連続殺人事件を解決すべく登場したのは銘探偵メルカトル鮎ー。彼が導き出した凄絶な結末とは!?麻耶ワールド炸裂のデビュー作。

 

ん〜〜〜どう評価したもんか...笑

先に言うと、私はこの本の前評判を聞いた上で読んだし、この作品は割と好き。そりが合わない人は読まないほうがいい。

正直、何も前評判聞かないで読んだら何て感想を持つのか気になるんだけど......

というわけでネタバレ2段階回避にしておく。破壊的な衝撃を得たい人はここで回れ右してさっさと読んでほしい。8割壁本になるかもしれないけど、それはそれでいい体験だと思う(そうかな?)

ミステリ慣れしていない人と、もうちょっと本書の傾向を知りたい人は次の段落へどうぞ(致命的なネタバレはないです)

 

あとこれはネタバレじゃないから書くけど、冒頭の一文が美しすぎて引き込まれた。

翌日、私たちは今鏡家へと向かった。

...素晴らしくない?いきなりこれで始まるんだよ。

 

 

 

--------

 

 

さて、多くのレビューで言及されているが、この作品はミステリ初心者が読むべき本ではない。絶対に楽しめない。というのも、①古典の知識が前提となっている、②過剰なまでの「ミステリのお約束」を踏まえながらのアンチミステリ、だからである。

①ネタバレに抵触するので深く言及しないが、いわゆる古典ミステリの知識が事件のある重要な部分に関わってくる。ぶっちゃけ、私は古典に明るくないのでこの辺の種明かしがされた時、置いてけぼりを食わされた感があった笑

まぁでも、トリック関係ないところでもくどいほど聖書知識が披露されて「知らんがな」感が強いので、古典ミステリの知識についても「はーんなるほどね(よく分かってない)」みたいな感じに読み流せばいいと思う。

②本書はアンチミステリである。頭を凝らして推理したところで、真相にたどり着くのは絶対に不可能である。「真相を見破るのは無理」とミステリ読みが断言するとき、そのミステリはクソミス、もしくはバカミスの意味合いが強くなる。この作品はまぁ...バカミスと評価していいだろう。

正直、こんな仰々しいタイトルとシリアスな表紙、硬くて重そうな文章でバカミスと思わなかったので、オチは本当に唖然とした。(今までバカミスは『六枚のとんかつ』しか読んだことなかったし。あれとは趣がまるで違う)

 

ミステリを踏襲しながらミステリの枠組を広げた先駆的な作品である。なので人によっては、ナンセンスすぎると怒る人がいてもおかしくない。

しかし、中盤のあるシーンと終盤に差し掛かったあるシーンがミステリにこなれた人ほど強烈なインパクトを受けること間違いなしなので、一読の価値はある......と思うけどどうかなぁ...笑

 

なお、この作品がダメでも同作者の『螢』『神様ゲーム』は是非読んでほしい。前者は推理しがいがあるし、後者はぶっ飛んだ驚きにやられると思う。

 

翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (講談社文庫)

 

 

 

 

※  以下、ネタバレ感想

 

 

 

 

 

 

 

 

『鴉』の感想でも触れたが、自分はちらっと登場したメルカトル氏がとても好みで、「メルカトル鮎最後の事件」なんてうたってる本作を本当に楽しみにしていたので...あの......まさかメルカトルが首チョンパされると思わなかった......確かに「最後の事件」だけどさぁ...

あと、木更津が一回推理に挫折して山にこもるところで爆笑したけど、やっぱあれはギャグパートだったんだね。首が繋がって生き返った推理とか、最後の推理で披露された「実はアナスタシア皇女だった」とかもぶっ飛びすぎて面白かった。読んでる最中は作者がどこまで本気か分からなかったけど、あとがきに「元々コメディタッチの作品だった」というのを読んで、非常に納得いった。これはシリアスの皮を被ったバカミスであり意図的なアンチミステリなんだな、と。

 

アンチミステリである以上、それぞれの推理に対する検討などはこの際省かせてもらう。問題は、この作品をどう評価するかだ。

普通にミステリとして評価したらトリックは平凡だし、真相は「絶対に分からない」話だし、アンフェアにも程がある(最終的な解決をした香月にしても、真相の大部分は「母=椎月から教えてもらった」、つまり読者の次元を超越した真理による解決を取っている)のでクソミスだと思うんだけど、それに止まらない凄さがある。

 

因みに、個人的に一番面白かった書評がこちら。教養主義の崩壊という観点から切り込むと、確かに本書が評価されにくいポイントが分かりやすくなる。

『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』(麻耶雄嵩/講談社文庫) - 三軒茶屋 別館

 

そもそもミステリって非常に特殊なジャンルだと思っていて、今でも「教養」が幅をきかせている最後のジャンルなんじゃないかと思う。この辺の話はまた別のエントリでまとめるつもりだが、「先行作品を読んでいること」が「ある作品を愉しむ必要条件になっている」というのは、極めて読者への要求レベルが高いことである。ざっくりいうと、読者を選びすぎなジャンルってどうなの?ってこと(私は受け取り手を選ぶコンテンツは大好きです)。

本書の場合、「クイーンの国名シリーズの見立て殺人」の上、日本語版では意訳されていることを根拠に真犯人が指摘されるという、もうめちゃくちゃ読者のミステリ知識を要求することを大前提としたロジックになっている。私みたいにクイーンを一作も読んでなくてもふーんなるほどと読み飛ばすことはできるが、やっぱりここで置いてけぼりになったのは確かである。でもそれが作者の意図したことなので、受け入れざるを得ない。作者が読者を選ぶことが出来ることこそミステリの真髄、と感じた。読者に甘いミステリなんぞぶった切っていく切れ味が『翼ある闇』という作品の醍醐味なのだろう。

なんというか、こういうごちゃごちゃした感想を読者に抱かせる推理小説ってだけで麻耶雄嵩がいかに異端かを痛感する。

...正直、この本が麻耶雄嵩の初読だったら「二度と読まんわクソが」とか思って、壁本にしてたと思う。しかし、他の作品を読んだあとだと推理小説の臨界点にチャレンジしている過程なんだなと受け止めることができたので、本との出会いって偶然の賜物なんだなと殊勝な気持ちになった。読者諸兄にとっても、『翼ある闇』との出会いが素晴らしいものであったことを祈りたい...が、壁本でもしょうがないね。

 

(以下読まなくていい余談)

余談1:かなり終盤までこの作品も叙述トリックに決まってると思い込んでいたが、そんなことはまるでなくて笑ってしまった笑  叙述トリックの作品に毒されすぎ。

余談2:このレビューを書いてる途中に我慢できず、『神様ゲーム』も読んだ。

読者には到達出来ないが絶対的な真相を披露する香月のアンフェアさが『神様ゲーム』の鈴木君にも脈々と受け継がれてるような気がして、やっぱり『翼ある闇』は色んな意味で原点なんだろうなぁと思った。

→追記:『神様ゲーム』の方に『闇ある翼』との共通点について、もうちょっと丁寧に書きました。

 

余談3:メルシリーズにハマってから本作を考え直すと、なんというか色々思うところがあった。面白い考察を見つけたのでリンクを貼っておく。リンク先は『闇ある翼』以外にも『メルカトルと美袋のための殺人』『メルカトルかく語りき』『痾』などのネタバレに抵触しているので注意。

メルカトル鮎は生きている? ( 読書 ) - 勝手に研究協会 - Yahoo!ブログ

 

余談4:麻耶雄嵩の他の作品読んでからこれに戻ってくるとなかなか感慨深いものがあるね...今だったら星5にしちゃうかも笑  麻耶に慣れる前に読んで、感想書いておいてよかったなぁ。当時の困惑っぷりが他人事のように面白い笑