方舟(夕木 春央/講談社)
90.方舟(夕木 春央/講談社)
総評:★★★★★★
オススメ:クローズドサークルの好きなあなたに。最高のワイダニットを味わえる一冊。とにかく、ネタバレされる前に読みましょう。
あらすじ(引用)
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。タイムリミットまでおよそ1週間。生贄には、その犯人がなるべきだ。-犯人以外の全員が、そう思った。
前評判通りの秀逸な一作。これは凄い。久々に文庫本落ちを待たずに新刊で買ってしまったけど、1700円の価値あり。一言でネタバレできてしまえるタイプの作品なので、早く読んだ方がいい。いやーーー読後感やばいなこれ…
ネタバレなしだとあらすじ以上のことが語れないんだけど笑、まず文体が淡々としていて読みやすい。
地下に閉じ込められ、早く犯人を見つけないと全員が死んでしまう...という絶体絶命の境地なのに、パニックホラー感は薄い。じわじわと真綿で首を絞められるような不気味さだけがある。
紅蓮館・蒼海館、屍人荘なんかも時限脱出も絡めたミステリで、割とパニックホラー味あると思うんだけど、あれらに比べるとほんと淡白なんだよね。キャラ付けが弱いという人もいるかもだけど、ちゃんと人物の見分けはついたし、自分的には変にラノベ感なくて良かった。
しかもその文体が、特にラストシーンにうまーく合ってるというか...
ラノベ感はないけど、ダンガンロンパ好きな人にはオススメだなぁ。殺人犯を自分たちの手で処刑しなくてはいけないジレンマが似てると思う。あと麻耶雄嵩的なカタストロフが好きな人にも気に入ってもらえるんじゃないかな。
正直、全く非のつけどころのない良い作品。万人に勧めたい一冊。
ほんとぜひ、ネタバレされちゃう前に是非読みましょう。
※以下、ネタバレあり感想
いやもう、とにかくラスト数ページのドンデン返しの破壊力よ。あまりに凄惨でよくできてるよね。
確かに最初見取り図見た時、「ダイビング機材使って非常口から出れんじゃね」とは思ったもんなぁ。でも監視カメラの情報で、すぐ諦めてしまった...。犯人、キレッキレすぎる...
殺人トリック自体というより、
・誰か一人を犠牲にすれば全員が助かるという状況
・極限状態の上自分が犠牲になる可能性を高めてしまうのに、殺人が起きてしまうという謎
の構想が天才的よな。
「邪魔だった夫を嵌め、一番嫌な死に方をさせるために殺人を犯した」というのも見せかけのもので、真の犯行動機は「自分だけが助かるために、その座を自然に奪い取るため」だったという、反転のさせ方が本当にすばらしい。
8人のうち、助かるのは7人じゃなくて1人。
それがもし、序盤に明らかになっていたら状況は一変していただろう。だから麻衣は監視カメラを入れ替えたし、こんな迂遠な方法を選んだ。
柊一と麻依のぼんやりとしたラブロマンスも、最後の最後で効いてくるのが良い。
麻衣を地下に送るとき、柊一は葛藤する。愛されない者のデスゲームの話。「生きて帰りたい」と言った麻衣の言葉。一緒に死ぬ瞬間は、きっともう二度と得られない時間だろう。
それでも、柊一は、外に出られるかもしれないという可能性を前に、「一緒に死のう」とは言えなかった。
麻衣を見殺しにする決断をした以上、最後の最後、麻衣からの電話を聞いて、「二人分のハーネス」があったのに何故自分を救ってくれなかったのか、と問うことはできない。
自分のしたことが自分に返ってくる。
ノアとその家族が方舟を作るのを笑っていた人たちと自分は同じだった。
ここまで読んできた読者の何人が、柊一を「ザマァ」できるだろうか。
「7人が助かるのだから誰からも愛されない1人は犠牲になってほしい」という気持ち。自分が助かる側にいるからこそ言える理屈だ。それが反転したとき、トロッコ問題の理屈の身勝手さにやっと気づくことができる。犠牲にされた1人だって、当人にとってはそれがすべてで、他人7人と自分1人の命は天秤になんてかけられない。
最後の一行、あまりにホラーで最高でしたな...
微妙にネタバレになるかもなので反転するけど、「螢」(麻耶雄嵩の某長編)の結末を思い出した。探偵役の翔太郎まで巻き込んで犯人に敗北を喫すラストシーンに、同じようなカタストロフがあるよね。
あとは、ラストシーンの絶望感はダンガンロンパv3の東条斬美のオシオキも思い出した…
もっとドロドロした人物劇を付け足すことも出来たろうに、そうしなかった作者のセンスが好きですねぇ。他の作品もぜひ読んでみたい。