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日々雑感(ミステリ感想中心)

名探偵のいけにえ(白井智之/新潮社)

92.名探偵のいけにえ(白井智之/新潮社)

総評:★★★★★

オススメ:「奇蹟」を信じますか?実在のカルト宗教団体をテーマにした、間違いなく最高の一冊。どんでん返しに次ぐどんでん返しを読みたいあなたへ。

※ 「名探偵のはらわた」とは繋がってないので、本作からいきなり読んでも大丈夫です。

あらすじ(引用)

病気も怪我も存在せず、失われた四肢さえ蘇る、奇蹟の楽園ジョーデンタウン。調査に赴いたまま戻らない助手を捜しに教団へ乗り込んだ探偵・大塒は、次々と不審な死に遭遇する。だが、「密室」殺人でさえ、奇蹟を信じる人々には、何ら不思議な出来事ではない。探偵は論理を武器に、カルトの妄信に立ち向かう。「現実」を生きる探偵と、「奇蹟」を生きる信者。真実の神は、どちらに微笑むか?

 


超・面白かった!!!

普段絶対ハードカバーは買わない自分だけど、「方舟」と同じであまりに話題になっていたので購入。噂に違わぬ面白さ。これは「買い」。やばい、新刊で買う気持ちよさを味わってしまうと出費が止まらんぞ笑

 

まず物語は、あるカルト宗教団体が一斉に服毒自殺を図る、あまりにショッキングなシーンから始まる。

寡聞にも知らなかったのだが、本作に出てくるカルト宗教団体はなんと「実在」しており、この大量自殺も実際にあった事件である。

ja.m.wikipedia.org

 

本作は実際に起きた事件・カルト宗教団体を舞台に、その前日譚として起きた連続殺人事件を紐解くという趣向になっている。細かい固有名詞は変えてあるが、政治家の介入やソ連への脱出等大まかな流れは完全に一緒。いや、これ、よく書いたなぁ。

 

特筆すべきはこのカルト宗教最大の特徴である「奇蹟」の使い方なのだが… 詳しくは読んでほしいが、この設定が、白井智之お得意のある種の「特殊設定ミステリ」になっている。

 

次々と起こる連続殺人事件、そして待ち受ける最悪の結末。愚直な表現だが、ページを繰る手が止まらない、最高の一冊だった。

 

なお、白井智之作品にしては珍しく、グロ表現がほとんどないので初心者にもオススメ。冒頭の大量自殺のところが一番きついんじゃないかぐらい。あれが読めればいけます。
あと個人的にはカタカナ名が多すぎて覚えられなかった笑 何度もページ戻って「誰だっけこいつ…」ってやってしまったよ。

 

順番が前後しちゃったけど、せっかくなんで、次は「名探偵のはらわた」の方も読んでみようと思います。

あ、カルト宗教ものミステリが好きな人は「弥勒の掌」もどうぞ。他にもこういうの読みたいな。

 

zakkan0714.hatenablog.com

 

 

 

 


※以下ネタバレあり感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本作の見どころは何と言っても、

「奇蹟を信じる者は怪我が治る」ように感じる信者たちそれぞれが抱える障害を使ったトリック、信者たちにとっては「村では事故も病気も発生しない」という見え方の違いといった特殊設定

多重解決によるどんでん返しにつぐどんでん返し

なのだが、完全にネタバレになるので言及できないのがもどかしい。

 

ジョーデンタウンに来てすぐのインタビューのシーンで、「信者たちの見えている世界が違っている」ということが明かされ、「あーこれ何かしら叙述トリック使ってくるな」とニヤニヤしながら読んでたのだが、なんかもう何もかも想像の上をいってくれて、気持ちよく騙された。

 

伏線の張り方や構成がまじで巧妙なんだよね。大量にあるんで好きなところだけ挙げてみる。

 

・「校長が犯人」だという推理にたどり着くまでの流れ。

「ジョーデンタウンの学校の校長先生。彼が一連の事件の犯人です」

本書の半分くらいのところで、りり子が犯人をはっきりさせているのに、

・1回目のリリ子による推理→事故死、病死、事故死によるもので、信者がその遺体を加工した
・2回目の大塒による「奇跡はある」場合の推理→犯人はジム・ジョーデン

・3回目の大塒による「余所者の」推理→絞っていくと犯人像は「子供」

と、校長犯人説となかなかつながらず、最後に冒頭の108号事件と繋げて、「W=校長」という推理に繋がるのが面白い。

 

多重解決モノって、「探偵による推理じゃないからまだ解決しないんだろうな」「まだ後ろのページが残ってるからどうせこの推理は偽なんだろう」とメタ的に読めてしまうところがだるいのだけど、この構成のお陰で、どの推理が本当なのか分からなくて、全部ドキドキしながら読めるんだよね。

 

で、ここまでくると、監獄の中で既に、大塒はりり子から「余所者の推理」まで聞いていたことも分かる。

 

・最後の集団自殺が、大塒の策略によるものであったこと。

冒頭の自殺シーンがあるせいで、「毒が入っていて当然」という思い込みがある。実在の事件の方を知っていたらなおさら。

でも、ちゃんと同じ理屈のことをやってるんだよね。青酸カリは、「信者の踏み絵」に使われていたと伏線が張られてるんだから。

ジム・ジョーデン=人々を自殺に巻き込んだ狂人、とはなから我々は思い込んでいるので、元々ジュースに毒薬が含まれていなかった可能性に気付けなくなっている。

 

 自責の念がないと言えば噓になる。 
 だがそれよりも胸に深く渦巻いているのは、怒りだった。 
 自分はあの男に嵌められたのだ

 

そうやって考えると冒頭のこの部分の意味も違って見える。

また、庶務係のルイスは「一度服毒して生き返っている」ので、

 

 ある庶務係の女は、ジュースを受け取りながら優等生らしい口調で「ナチスユダヤ人にやったような方法ではなく、こうして自分から死ねることを光栄に思います」と啖呵を切って、勢いよくジュースを飲み干した。... 痛みのあまり呼吸ができなくなり、嘔吐しながら地面をのたうち回った。彼女はひどい詐欺に遭ったような気分だったが、涙を流すこともできず、やがて吐物を喉に詰まらせて死んだ。

 

という描写も納得である。

全体を通して、非常にフェアな伏線を張りつつも大胆などんでん返しを見せてくれて最高の一作だった。今年、何かしらの賞を取る気がする。