好きなものだけ食べて生きる

日々雑感(ミステリ感想中心)

美濃牛(殊能将之/講談社)

48.美濃牛(殊能将之講談社

総評:★★★★★

オススメ:長編の硬派なミステリと敬遠するなかれ、ミステリ界屈指のユーモアに富んだ作品を紡ぐ、殊能将之ワールドをぜひご堪能ください。

 あらすじ(引用)

病を癒す力を持つ「奇跡の泉」があるという亀恩洞は、別名を〈鬼隠れの穴〉といい、高賀童子という牛鬼が棲むと伝えられていた。運命の夜、その鍾乳洞前で発見された無惨な遺体は、やがて起こる惨劇の始まりに過ぎなかった。古今東西の物語の意匠と作家へのオマージュが散りばめられた、精密で豊潤な傑作推理小説

 

めっっっちゃおっもしろかった......これが絶版で入手困難とか世界の損失では???

 

殊能将之は「ハサミ男」「鏡の中は日曜日」しか読んでなかったんだけど、いや、天才ですね...長編ミステリとは思えない「読ませる」作品で、まさにページを繰る手が止まらなかった。

本作の舞台は岐阜県の片田舎で、出てくる人物も地味〜で特段エキセントリックなキャラではないのだが、とにかく文章が上手い。本筋以外の雑学のようなネタも含蓄深く面白い。そしてラストの結び方まで美しかった。非の付けどころがないですね...

 

殊能将之の凄さはひとえに「人物描写力」にあると思う。「ハサミ男」でもそうだったが視点人物の心情や行動にいちいちリアリティがあり、また会話もユーモアに富んだやりとりなのに、もったいぶった言い回しは少なく、引っかかるようなところがないのだ

一例を挙げると、この作品にはやたらと「おじさん」が出てくるのだが、これがそれぞれきちんと見分けがつく。読んでいて「このおじさん誰だっけ」にならない。

文章を書かない人にはピンと来ないかもしれないが、これはなかなか出来ないことだ。

いや、だって「おじさん」だよ?美少女とかじゃないんですよ???年齢幅はそれなりにあるものの、それぞれくたびれたどこにでもいそうなおじさんたちなのだが、全員きちんとキャラクターが立っている。「こんな人、いそう」と思える範囲のキャラなのに引き出しがすごい。

あとこのおじさんたちがまた、結構萌えキャラなんですねぇ...意味分からないと思われそうなんだけど、いや、本当に可愛らしいというか。「ハサミ男」でもそうだったけど、なぜ殊能将之は可愛いおじさんを描くことに長けているのか...因みに個人的な推しおっさんは、藍下&出羽コンビです。

 

トリックが云々よりも作品としての力量に圧倒された一作。万人にオススメです。

 

※(参考)以前のレビュー: 

ハサミ男 (殊能将之/講談社文庫) - 好きなものだけ食べて生きる

 

 

美濃牛 探偵石動シリーズ (講談社文庫)

美濃牛 探偵石動シリーズ (講談社文庫)

 

 

 

 

※以下ネタバレあり感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部読み終わってすっかり忘れた頃に冒頭を読むと、最初の「老人と少女の会話」が「天瀬と窓音の会話」であることがわかる。この老人こそが、本編最初の視点人物たる天瀬の末路とは誰が思うだろうか。

しかも一番最初から「鋤屋和人」が犯人だと指摘してたんですね...そもそも事件が起きるまでがめちゃくちゃ長いから完全に忘れてた(仮にもミステリ読みがそれでいいのか)

 

また本作の白眉な点は、長編にもかかわらず(それとも長編だからこそ、だろうか)構成が隙のないできの良さで、様々なところに示唆的な部分や伏線が配されているところだと思う。特に、最も美しくまとまった最後の部分に自分は頭を殴られた気持ちになった。

 

たぶん、ぼくは遠からず暮枝に帰るだろう。

ベンチから腰を上げながら、天瀬はそう思った。 帰るところは、あの逆説に満ちた村しかあり得ない。

相続人は資産家の死を嫌い、五十歳前の老人をつくり出した。

青年は少女のように失恋して自殺し、警察は犯人を探し求めた。

被害者は自分を殺す犯人をわざわざ待ち伏せていた。

一村民にすぎない村長がいて、保険金詐欺ででっち上げられた奇跡の泉が本当になった。

天瀬は笑い出したくなった。望みどおりに自分と結婚し、あと何年か時がたてば、窓音はまるで、金目当てに歳の離れた資産家と結婚した若い女性のように見えることだろう。

だが、実際は、資産家は窓音のほうなのだ。

これが最後の逆説だ。

 

本編から長々引用してしまったが、本当にすごいよね。ここが書きたかったのか...と。これ以上書評として語れないです。本作はこの構成の美しさに尽きる。

 

なお最後まで、牛頭の怪物とは、泉の奇跡とはなんだったのか、はっきりしないまま終わる。理性と合理のミステリとしてはそれでよいのか、という向きもあるだろうが、個人的にはそれでいいと思う。

鋤屋和人は、石動の提示した「謎の他殺死体に見せかければ自分の安全が確保されるから」という合理的な理由からではなく、「面白いから」という到底理解不能な理由から首を切り落として事件をより難解なものにした。

しかし理解不能なことこそ、この現実にはありふれている。合理で割り切れることばかりではない。ミステリなのにこの後味の悪さやモヤモヤとした思いが残るところが、まさに殊能マジックと個人的には思っているので、高く評価したい。

 

あとミステリ文法をちょこちょこ崩しにきているところもいいよね。わらべうたに沿った殺人なのに誰も正確なわらべうたを歌えないところとか、そもそも見立てを企図したものじゃなかったり、最後の最後で「名探偵」の名刺が出てくるところとか。笑

 

次は何読もうかなぁ。黒い仏壁本らしいのでちょっと興味ある。