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日々雑感(ミステリ感想中心)

蒼海館の殺人(阿津川 辰海/講談社)

80.蒼海館の殺人(阿津川 辰海/講談社

総評:★★★★★

オススメ:ページを繰る手が止まらない、ジェットコースター型エンタメミステリを読みたい貴方へ。嘘つきだらけの館へようこそ。
本作は紅蓮館の一部ネタバレがあるので、先にそちらを読むことを推奨

 

あらすじ(引用)

学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がる。刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでもー夜は明ける。新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ

 


面白かった!というか、やりたいことが紅蓮館よりはっきりしてて、すごくよく出来てるなと。

前作は主人公と探偵がいかにも創作上の登場人物っぽくて読むのしんどかったんだけど、本作はよりキャラクターが魅力的になってて、読んでて違和感なかったですね。紅蓮館より登場人物も多いのに書き分けがしっかりしてたし、全員ちゃんと好きになれた。

あと蒼海館はトリック自体もやたら凝ってるけど、構成も作りこまれてて、まぁ念の入った盛り上げ方・たたみ方で感嘆した。

最近「ミステリーの書き方」という本を読んで、シナリオの作り方について少しだけ分かった(ような気持ちになった)のだけど、起伏の作り方がまさにお手本通りというか、「ドラマティック」をどうやって演出するかがすごい考えられてるなと。

 

ただまぁ、手放しでベタ褒めしたけど、トリックと推理にはちょっと無理があるところも感じたかな...でも強引さも許せるくらいには、ストーリーに読みごたえがあった。

そう考えると紅蓮館も一緒よね、あのオチをやるために結構無理のあるトリックや設定になってるんだけど、構成の妙で読まされちゃうというか、「まぁええか」で読めちゃうというか。

個人的には、ミステリには厳密性とか求めてなくて、エンタメとして面白ければ何でもいい派なので星5です。

 

「紅蓮館より断然面白い」とお勧めしていただけたのも納得(knkwさんありがとうございました!)。普通に文章自体上手くなってたし、名探偵論も納得いくところに着地してましたね。

2作目で探偵の家族にかかる事件をやっちゃうのってすごい度胸だなと思ったんだけど(シリーズ化するならずっとその設定が付き纏うから)、「謎を解く葛藤」をやるなら身内の犯罪が一番説得力あるし、考えられた舞台設定だったなと。

 

ネタバレありの方で補足するけど、映像で見たら盛り上がりそうな展開、伏線もいくつかあって、実写化狙ってんのかなとおもいました。実際見て見たいよね。映画だと尺が足りなさそうだけど…コミカライズの方が向いてるかも。

 

3作目超ハードルあがっちゃったけどどうなるのかなぁ。

 

zakkan0714.hatenablog.com

 

 

 


※以下ネタバレあり感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


さすが最近の爆売れヒット作なだけあって、色んな人の感想が読めて、そういう意味でも、いやぁ楽しかった!(ミステリやゲームやる時の楽しみの一つが、終わった後感想を読みにいくことなので)

で、まぁ度々指摘されてたのがやっぱり「トリックに無理ありすぎ、複雑すぎ」ってところですかね。

というわけで、いきなりネガティブな感想からになるけど、アンフェアだったなぁと思う点について。

 

①「正」の死体発見時、明確に「黒田とは身長が違うので誤魔化せない」と一文入っているのに、実はまさに黒田との入れ替わりだったこと
スマホロック解除が本人照合にならないのは気付いたけど、身長に関する一文を信用して「少なくとも黒田じゃない」って読んでたからアンフェアかなぁと。

「シークレットシューズを前から黒田に履かせてた」っていうのも苦しいし(それなら何か伏線張ってほしかった)、普通に身長差については削ればよかったのに。

 

銃口を口に咥えさせるなんて、被害者が抵抗するだろうから無理」という論理で、「自殺にしか見えない状態でどうやって殺したのか」というのも謎の一つだったのに、結局睡眠薬で眠らせてセッティングしたという真相だったこと

ミステリ定番の「万能睡眠薬」なわけだけど、それ自体にいちゃもんをつけているわけでなく、睡眠薬でなんとかできることが最初から思い至っているなら、「自殺しようとしたけど失敗して気絶していた」なんて推理しなくていいのではないかと。

 

①②を合わせて考えると終盤の構成が破綻する。

最初の推理では「正は自殺しようとしたが失敗して気絶し、由美が引き金を引いた」だけど、睡眠薬でセッティングできる程度のことなら、自殺失敗説より睡眠薬説を先に検討するべき。つまり、由美が真相を告白した段階で(最低限)「「正」は誰かに眠らされていたのでは」って推理まで辿り着かないと変だし、そこから由美以外の犯人説(黒幕の存在)は必ず浮上する

「蜘蛛」は由美犯人説までは至っていいと言っていたけど、ここまで推理されてしまうと、由美は「正に散弾銃をセットした「誰か」がいること」は告発するはずなので、辿り着かれちゃだめなんじゃないすかね…

さらに①。百歩譲って、田所が「身長差から黒田入れ替わりはあり得ない」と思い込んでいたから、あのような地の文が入り込んだだけでアンフェアじゃないとしても、最低限葛城はその推理(身長差を覆しても黒田入れ替わりがありうる)に辿り着けたわけで、上記と合わせると正犯人説は必ず可能性に入ってくる

助かった後に、黒田の本当の伸長を確認したらバレちゃうしね(10~15センチもごまかしてたら、さすがに健康診断結果とかを見たら気づいてしまうはず)。

 

田所がグラスを割ってしまったせいで犯人の完璧な計画が崩れたと言ってるけど、ガラスの破片云々がなくとも、以上の通り推理できるんじゃないかなぁ。

この二点を「フェアな条件」として受け取った読者には推理できないわけで、完全に読者をだますだけのトリックになっていて、アンフェアだと思う。

 

あと、直感的な違和感としては、この事件一番のポイントは「由美が引き金を引く」ことだけど、身内殺しをやらせるという非常にハードルの高いものを、「由美の性格からやってくれるだろう」という非常に不確実なものに賭けたのが微妙にちぐはぐ。

それに、「水害で遺体が洗い流されるから、本来発覚リスクが非常に大きい入れ替わりトリックを実行した」ってことになってるけど、普通に考えたら自分の身内が死んで、かつ現場保存がもう無理な災害状況にあったら、死体も可能な限り避難させようってなるのでは...?

まぁでもその辺の「本当に実行されるのか?」という疑問は、「ほかにもささやかな仕掛けをたくさん施していて、今回事件で発動したのはその一部」っていう推理で一応納得はできるんですが。

 

ただそれでもごまかしきれないのが、こんだけ緻密なトリックで「自分殺し」を達成した動機が、隠し財産を独り占めするためという点。

将来有望な警察官だし、しかもそもそも裕福な家の子なのに、「自分を殺してまで」それやる必要ある???このあと正くんはどうやって生活するつもりだったんだ?ハイリスクすぎる。
一応、自分を縛っていた葛城家への復讐とか何とか言ってた気もするけど、これだけ操れるなら別にいいんじゃないのか?という気もする。普通に遺産が転がり込んでくるの待ったらどうなんだい。


上記の通り、詰め切れてないなと思うところはあるんだけど、ただまぁ、それを差っ引いても伏線を怒涛で回収していくところはめちゃくちゃ気持ちが良いんだよね。

本作はネタバレなしで書いた通り、ガチガチのロジックミステリではなく、ジェットコースター型エンタメミステリだと思う。

こんだけロジックに穴があってもなお星5にしたい気持ち、もう完全に個人的な「楽しかったところ!!」という理屈にならないものなんだけども、それも列挙したい。

 

★名探偵の挫折、そして復活

一番の見どころ。結局読者はこれが読みたかったんすわ。

「ドラマ」を展開させる一番効果的なやり方は、「とにかく最初は読者にフラストレーションを与え、最後に一挙解決して爽快感を与える」というやつなんですが、蒼海館、まさにそれ。

前作は結局、「ちょっと賢い世間知らずの高校生が、何も考えず事件に口を挟んだ結果、アイデンティティを粉々にされる」という、読んでいて葛城に同情もできない上、オチもモヤっとして終わるという微妙なもの(名探偵vs名探偵やって、名探偵のレーゾンデートルと倫理観を書きたいのは分かったけど)だったけど、まぁ言うなればあの青臭さも本作のための踏み台だったんだろうね。

本作は「挫折を知った名探偵が、自分の人格を形成した家族たちと向き合い、推理で人を救うことに気づき、「ヒーローとしての名探偵」になることを誓う」という、少年漫画じゃねえか...!!!って感じの王道展開。

いや、王道って結局、「わかりやすい面白さ」がある故の王道なのであって、結論、「捻った変化球より豪速球ストレートは強かった」ってことなんだなと。

自分も捻ったお話好きだけど、蒼海館のが好きだし、王道に勝てねえわけですわ。

 

★名探偵も助手も犯罪の片棒を担ぐ

ミステリでは常套手段ながら、やっぱ良い。好き。

田所はあからさまに「問題の日の夜」の行動が隠されてる上、指に怪我してたんで、読者的には「なんかやってんな」感バレバレだったけど。

田所がやった「名探偵を取り戻すために犯罪の起きそうな準備を施した」というやつ、やってることは蓋然性低すぎてトリック に組み込むにはお粗末だけど、動機はめちゃくちゃ好きだなぁ。「葛城復活を願って、田所が散弾銃の引き金を引いた」とかだったらもっとドラマティックなんだけど、シリーズ続けられなくなっちゃうから無理すね笑

 

★怪しげな家族!!迫り来る災害!!!クローズドサークル!!!(にはならなかったけど)という舞台設定
単純に好き!!!!!!

盛り上がるよね?!痴呆の祖母、政治家の父、大学教授の母、弁護士の叔父、美人の妻、警察官の兄、モデルの姉...

キャラ造形が前作よりほんと上手くなったなと。全員一癖あって怪しいし、でも段々愛着も湧いてくるし、終盤の「ホームドラマ」のシーンもわくわくした。紅蓮館も終盤、登場人物全員が嘘をついていたことをばっさばっさと暴いていくけど、こういう「断罪」シーン書くの好きなんだろうなぁ。読んでて気持ちいいしね。

入れ替わりトリックで「実は祖父と黒田と正は似ていた」とかいうのをやってるところといい、あのホームドラマシーンといい、ネタバレなしでも書いたけどぜっっっっったい実写化狙ってるよねこのシリーズ?!超見てみたい。

迫り来る災害、前回もだけど単純に盛り上がるよね。あと一種「特殊設定ミステリ」になってるところもよき。

クローズドサークル...!!!は残念ながら本作でも未達成だったけど笑 普通に外から避難者来るし。

 

★なんだかんだ、怒涛の伏線回収

最初に述べた通り、致命的にアンフェアな部分はあるんだけど、だけどもやっぱり一文一文に意味を込めて作ったのは本当にすごい。この緻密さはちょっと西澤保彦思い出した。

逆にいうと、不自然に細かい描写は「あ、ここ伏線だな」って分かってしまうんだけど。例えば正のスマホカバー。由美さんからもらったってわざわざ書いてあったのがずっと引っかかっててたんよね。

あと夏雄の

・警察官は戦っても強い。悪いやつとも戦うが、自分も悪いやつ。

・一番怪しくない人が犯人。

らへんは夏雄の発言にも意味持たせたいんだろうな(単なる撹乱じゃないんだろうな)という気がして、正はずっとロックオンしてたしな...(正が実はヤクザと繋がってる悪徳警官で...って読みをしてたけど外れた笑)

 

★入れ替わりトリックについて

今作は徹底的なまでに、「顔なし死体=入れ替わりトリック 」という常套手段を潰すための緻密な計画、ということになってて、実際その企みは面白い動機だなと思った。

でもまぁ、それならやっぱり、最低限身長のところはフェアにするべきよね〜。

それにこれだけ入れ替わりトリック自体に拘るなら、「死体を入れ替えた後どうするか、どうやって生き延びるつもりか」まで言及してほしかった。金田一でも入れ替わりトリックっていくつかあるんだけど、この辺きちんとしてることが多いので余計気になった。

 

 

最後に、自分は葛城が「ホームドラマ」を終えて真犯人指摘ムーブに入った時、真っ先に疑ったのは使用人の北里さんでした笑 彼だけ描写少なすぎるし役割もほぼなかったから...