螢 (麻耶雄嵩/幻冬舎文庫)
14.螢 (麻耶雄嵩/幻冬舎文庫)
あらすじ(引用)
オカルトスポット探険サークルの学生六人は京都山間部の黒いレンガ屋敷ファイアフライ館に肝試しに来た。ここは十年前、作曲家の加賀螢司が演奏家六人を殺した場所だ。そして半年前、一人の女子メンバーが未逮捕の殺人鬼ジョージに惨殺されている。そんな中での四日間の合宿。ふざけ合う仲間たち。嵐の山荘での第一の殺人は、すぐに起こった。
クローズドサークルが読みたくて選んだ作品。ミステリお決まりの展開とはいえ、やっぱり閉ざされた館での殺人事件は盛り上がる。キャラクター達もそれぞれ「怪しげ」で魅力的だった。ただし、ミステリ初心者には色んな意味で楽しみにくいのでオススメしない。
深夜に読了してしまったので、読後感のいや〜な感じが最高に味わえた。
主軸となる2つのトリックとオチについて「えっ凄い!面白い!」と思って、感想サイトを回ってみたら、案外低評価が多くてびっくりした。どうも麻耶慣れしていると小粒感があり、逆にミステリ慣れしていないと後半のアクロバティックなトリックの種明かしについていけないらしい。後者はまぁ同意するとして、前者については悔しいのでもう何冊か麻耶作品を読むつもり。
(追記:宣言通り、麻耶作品を幾つか読んでみたら『螢』は麻耶にしては確かに大人しい作品だった…でも小粒とは思わないけど!!きっちりミステリやってくれてて傑作だと思う)
ミステリ板だと麻耶作品は壁本認定多いから地雷かと思ってた(アンフェアなトリックや杜撰な設定という意味で)んだけど、どうもアンチミステリ感が問題なのかもしれない。
(追記:今考えてみると麻耶を壁本扱いしている意見の大半は「メルカトルシリーズ」が問題なんじゃないかと思う。『螢』は壁本じゃないです(力説))
あんまり書くとネタバレしかねないのだけど、1つ目のトリックについてはミステリ読みで勘が良ければ序盤で訝り、鈍くても中盤のある2人の会話で違和感を感じるはず。よくレビューサイトで「1つ目のトリックは気づいた」とみるが、あれは作者がわざと気付かせようとしている風に思う。なので、読み途中でハハーンとなってもそのまま読み進めてほしい。
あと文章も構成も上手い。伏線も緻密に張っていて、アンフェアになりすぎないミステリだと思った。
※ 以下、ネタバレ感想
話者が錯綜するのがまず最初に感じた違和感。「」の前後に明確な話者が示されないことが多く、かといってキャラごとに話し方で描き分けされていないため、この文は誰が喋ったんだ?と戸惑うことがしばしばあった。一人称が「ボク」の千鶴はともかく、男性陣複数で会話する場合が特に混乱した。
前述した通り、文章のうまい作者だなと思っただけに、何故会話文だけはこうもすんなり理解できないのか疑問を持ち、そこから叙述トリックに気付いた。鈍くても、千鶴が諫早に「長崎さんはジョージの共犯者で盗聴もしていた」と疑惑を話したシーンで、「長崎???あれ、描写極端に少なくない??」となって、うっすら「語り手≠諫早」と気付く仕組み。真相は、「語り手=長崎」という誤認トリック。
会話文が分かりにくいのも、諫早と長崎を混乱させていたのかな。(因みに私が拝見したレビューサイトではそんな指摘は見かけなかったので、単に私の読解力が甘い可能性もある)(※1)
なお私は「話者が章によって諫早だったり長崎だったり交代してるのかな」とか「実は長崎なんて人物はいないのでは?」とか考えてた。おいおい。
ただ、この1つ目の叙述トリックはあくまでイミテーションで、本命のトリックは「松浦千鶴が女であることを千鶴本人と語り手しか知らず、殆どの登場人物は男と誤認しており、読者と登場人物の間に認識のズレがある」という逆叙述トリック。これは唸った。なるほど〜......
私はここしばらく叙述トリックに凝っていてその手の作品ばかり読んでいたのだが、盲点を突かれた気分だった。うん、面白い試み。
確かに「千鶴」と呼ぶのは地の文のみだし、そもそも男ばかり5人の中に紅一点で合宿とは度胸がありすぎると思った。冒頭で「今回の紅一点、松浦千鶴」的な描写もあったし、「普段女子もきゃあきゃあ言いながらサークル活動には参加するけど泊まり込みとなるとなかなかやってこない」、みたいな説明もご丁寧に添えられていたので、まぁミスリードが巧み。お見事。
ここで大村の見た女の影の正体が判明する(そもそも女性はメンバー内には千鶴しかいないのだから、どう考えても正体は千鶴なのに、探偵役の島原・平戸が早々に千鶴の可能性を捨てているのはおかしい。島原・平戸が千鶴を男性と思っていたから除外していたのである)。
惜しいのは、一応「松浦」を女性と知っている人間が犯人、と推理の中に逆叙述トリックを取り込んでいるものの、インパクトに欠ける点。個人的にはそんなに気にならないけど、読者を驚かせたかっただけだろという向きもあるだろう。(イニシエよりマシじゃね???(暴論))
この2つの叙述トリックについては細かく分析すると実に技巧を凝らした構成であることに驚かされる。一番丁寧に考察されていたサイトがこちら⇒蛍の旋律に我々は如何にして幻惑されたか
他の叙述トリック作品の感想でも述べたが、叙述トリックを用いることで読者の固定概念が崩壊する(「長崎:つぐみに偏狂的な愛を持ったストーカーで危ないオタク」⇔「諫早:つぐみの正式な彼氏で亡くなった後もずっとつぐみを想っている」という構図が反転させられる)という、人物描写をする上で非常に効果的で純文学的な要素(外面≠内面)をもっていると思う。今回は特にその色彩が濃くて、ただの引っ掛け叙述に終始せず意味を持っているところを高く評価したい。
さて、こうしたアクロバティックな二重の叙述が暴かれた後のラストがまた衝撃的で私はかなりびっくりした。というか雑に読んでいたせいで、最後の新聞記事で、長崎が雨の音のせいで推理の後発狂して加賀と同じ犯行に至り皆殺しした、のだと誤読していた。土砂崩れで死んだんだね。
どっちにせよ、クローズドサークルの中で真相に至ったものの登場人物は全員死んでしまう(正確には1人生死不明)ことで、「真実は闇の中」という後味が悪くかつ衝撃的なカタストロフィを与えられ、この作品に対する評価が1.2倍にはなった。もしかすると第1の事件である、加賀による連続殺人にも何か裏の真相があったのでは...?と思わせられた。わざわざ1人だけ散々に抵抗してオーバーキルされた人物も紹介されていたし。
実質的なトリックや動機が弱いとはいえ叙述だけでも☆4だけど、このオチで☆5に格上げ。
ラストのラストで効果的に読者を突き放す小説はやっぱり好きだなぁ。西澤保彦の『聯愁殺』を思い出した(以前書いたレビュー:聯愁殺 (西澤保彦/中公文庫))。
※1)他作品を幾つか読んで確信したけど、本作に限らず麻耶雄嵩は話者が誰だか分かりにくい書き方をする癖があるような気がする。トリックを隠すための「わざと」なのか、天然でやってるのか分からないけど。
追記)私はあんまり気にならなかったけど、最後に誰が生き残ったのかを推理するというリドルストーリーでもある。蛇足な気もするけど、不気味さの演出としては上手い(更なる惨劇を予感させる)