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日々雑感(ミステリ感想中心)

メルカトルかく語りき (麻耶雄嵩/講談社文庫)

25.メルカトルかく語りき (麻耶雄嵩講談社文庫)

総評:★★★★★

オススメ:普通のミステリには飽きてしまったミステリジャンキーたちへ。

 あらすじ(引用)

傲岸不遜で超人的推理力の探偵・メルカトル鮎。教師殺人の容疑者はメフィスト学園の一年生、二十人。全員にアリバイあり、でも犯人はいるーのか?相棒の作家、美袋三条は常識破りの解決を立て続けに提示する探偵に“怒り”すら抱く。ミステリのトリックを嘲笑い自分は完璧とのたまう“銘”探偵の推理が際立つ五篇!

 

 

尋常じゃなく面白かった。やばい。

どうしよう。なんで麻耶雄嵩はこんなもんが書けるんだ。てかこれを評価してるミステリ者もどうかしてる。私もすっごいこの本好きだけどさ、これを高評価しちゃったらミステリの根本を揺るがす事にならないか??でも好き。ほんと、何食べたらこんなもん書けるんだ。すごい。

初読の感想は、めっちゃ数学的思考だなぁという感じ。とくに「答えのない絵本」。

非常に理詰めで論理的な思考方法によってかえって非論理的な結論が導き出されるという展開が、ミステリの限界を攻めすぎていて、今後どんなミステリが出てきても勝てないっす...という感じ。一種不条理ミステリなのかもしれないけど。これ、嫌いな人は嫌いだよなぁ。なんていうか、すごくロックだよね...(?)

あと、キャラクターも個性的で好き。レギュラーはメルカトルと美袋だけなので分かりやすいし、ゲストキャラも大勢登場するのに書き分けできているのがさすが。『螢』でも思ったけど、良いキャラ出しておきながら躊躇いもなくさくっと殺すの凄いよね。あ、デビュー作からしてアレだったか笑  私は美袋くん好きだなぁ。典型的なワトソン役ながら、メルに振り回されてる様子が可愛い。早く続編も買おう(※1)。いや、ほんっと面白かった。

 

※1  アホだったので、『メルカトルと美袋のための殺人』が続編だと思っていました。実際は『メルカトルと美袋のための殺人』→『メルカトルかく語りき』の順に刊行されています

 

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

 

 

 

※  以下、ネタバレ感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メルカトルかく語りき』に収められている短編の中で、一番最初に書いたのは「答えのない絵本」です。

これは...単発作品として書いたものですが、書き終えたとき、「さすがに、これは額面通り受け取ってくれないだろうな」という不安が強く過ぎりました。

...ならば、要所要所に目印となる旗を立てた方がいいだろう、つまり短編集の形になったときに同趣向の短編で徐々に毒を強める形になっていれば、読み手も最後には免疫ができているんじゃないかと、いわば橋渡しの意味合いをこめて書いたのが、「死人を起こす」から「収束」に至る三つの短編です。

 

 

長々と麻耶雄嵩によるあとがきから引用してしまった(「...」部分は省略の意)。

この短編集は作者の意図に沿うように作られていて、その計算が完璧である。

確かにいきなり「答えのない絵本」や「密室荘」を読んだらいかに麻耶雄嵩作品でもふざけんなと壁に投げつけていたかもしれない。ところが、その前に「犯人は特定不明」や「犯人はマルチエンディング」という逸脱したミステリの毒に徐々に慣らされた結果、「論理的にアリバイを暴いていったら犯人はいなかった」という非論理的な作品でも飲み込めてしまえるようにされてしまう。よくある比喩だが、湯に慣らされた蛙のように。

短編集とはいえ、その構成まで見事に展開されてしまうと最早これは長編と同じかそれ以上の技術がいるんじゃなかろうか......

しかも、徐々にミステリの禁忌へ踏み込んでいくところが本当にあざとい。いきなり突き付けたら突っぱねてしまうようなシロモノを、グラデーションに包みながらゆっくり近づいたら許容できてしまっているわけで、「ミステリにおける禁忌なんて、境界は実は曖昧なんですよ。あなたも気づかなかったでしょう?」と言われてるような気がする。

上手い例えか分からないけど、「命に関わる人体実験はしちゃダメ!」って思っていた人に、「でもご遺体は使っていいよね?堕胎児を使うのはオッケーでしょ?なら人間のクローンも大丈夫だよね?...クローンがいいならあなたで実験しても当然構わないよね、あなたも実はクローンなんだから」くらいの丸めこめられた感というか。伝わるかな...

そういうわけで、「答えのない絵本」を筆頭にトリック検証や真犯人の推理とかは例によって全くする気はないので、その手の考察が読みたい場合は別を当たって欲しい。『神様ゲーム』と同じで、メルさんが指摘した答えが真理なんだからそれ以上の何ものでもなく、「額面通り受け取る」のが正しいと思うからだ。

 

「死人を起こす」...犯人は特定できない

まずは軽いジョブといったところ。前半の推理で可愛く可憐なあげはちゃんがゴキブリ扱いされてるのに爆笑してしまった。価値観の転倒って『螢』でも感じたんだけど、麻耶のこういうセンス好き。

事故にあった人を助けたら実は殺人の帰り道だったという人を食ったような偶然も何故かメルカトルが出てくると普通に受け入れられるのが不思議。

 

「九州旅行」...犯人は特定できない&最後に登場する

これはもう、ラスト一行の妙に尽きる。掟破りのこの作品集の中で唯一まともにミステリやってると思う。個人的には一番好きな作品。犯人役になりきって、ナースだと思い込んでいる美袋が最後の最後に犯人とご対面して自分の推理がまるで間違っていたことに気づかされるという展開が、本当によく出来てる。メルの人の悪さと美袋の素直で鈍いところが表れているコミカルな作品。これがあるから、ラストの「密室荘」での葛藤も読者的に盛り上がる。...気がする。

しかもタイトルが「九州旅行」笑  美袋の皮算用に終わった妄想から取ってくるあたり、ギャグセンス高すぎる。

 

「収束」...犯人はマルチエンド

何が面白いって、冒頭の3人の殺害シーンが「有り得るかもしれない未来」という「まだ実際には起きていない出来事」であること。ミステリでこんな構成にしてる話他にあるのか??この話に限らず、本書の全作品に言えることだが、こういったアンチミステリなオチにするための布石って一歩間違うとダダ滑りするネタなのに、麻耶は活かし方が本当に上手い。例えば、冒頭を削っても話は成立するだろうが、最初から犯人(正確には犯人に成り得る人々)を堂々と指摘してしまうことによるインパクトがなくなり、マルチエンドオチが何となく白けてしまう。

にしても、髪の毛から犯人が狙う被害者が分かるわけだし物的証拠がある以上、美袋くんがやろうとしたように殺人を止めるべきだと思うんだけどね。拳銃一丁くらいメルさんなら何とかできるでしょ(?)まぁ、「ファ」の音を何に見立てるか楽しみで連続殺人を止めなかったくらいだしなぁ...

 

「絵のない絵本」...犯人は存在しない

ロックすぎるミステリ。冒頭でも述べたけど、数学の証明を見ているようで非常に美しかった。背理法って言っていいのかな。例えば、「偶数と奇数に分けてそれぞれ検証したけど条件を満たすことはできなかった、つまり全自然数において条件を満たす自然数は存在しない」、みたいなアレ。

感想サイトを見ると、ロジックの抜けの指摘や真犯人がいるのではないかという推理も散見されたけど、あとがきで麻耶が明言している以上「犯人はいない」が答えかと思う。それ以上ではない。

 

「密室荘」...メルor美袋(或いは存在ない)

「答えのない絵本」をよりシンプルにしたものだと思う。密室である以上犯人は自分か探偵である。自分は犯人でないから相手が犯人だと考えるが、自分が犯人でない証明は自分が自分であるということからしかできない。しかも、相手が犯人だと考えるのも、被害者が謎であることやわざわざ密室で殺されたことからは非常に非合理的だと言わざるを得ない。犯人は私かあなたという「実行可能な人物はいる」ものの、極めて主観的な理由から「犯人はいない」結論に至らざるを得ない。ジレンマがより際立った問題。

 

個人的な好みは別として、やはり白眉なのは後半の二編である。

論理的なロジックによって非論理的な結論が導かれる構造というのは、メビウスの輪を思わせる。「他殺である以上、被害者を殺した犯人は存在する」という合理的な出発点から論理思考を重ねた末に、「明らかに他殺なのに犯人は存在しない」という非合理的な結論が導かれたとき、最早前提にあった「合理的に推理する事で合理的な結論が得られる」という「ゲームのルール」がぶち壊されてしまう

面倒臭い言い方をすると、「理性主義の敗北」である。

どんなに理性的で合理的な論理を重ねても、目の前にある現実が我々の全てでありそれを受け入れざるを得ない。論理と現実は実は大きな隔たりがある。論理は非論理的な現実の前には塵ほどの価値も持たない。ほとんど哲学じみたテーマが今作品では前面に押し出されている。

 

そもそもミステリというのは、論理が現実に勝利する物語である。

非合理的な現実を合理的な論理で看破することが、すなわちミステリにおける勝利条件だ。わざわざそんな縛りのある「ミステリジャンル」で、内側からルールを破壊するこの作品を書き上げる麻耶雄嵩って一体何なんだろう。さっぱり理解できない。いや〜他の作品も読まざるを得ないわこれ...(笑顔)