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名探偵 木更津悠也 (麻耶雄嵩/カッパ・ノベルス)

28.名探偵 木更津悠也 (麻耶雄嵩/カッパ・ノベルス)

総評:★★★★★

オススメ:一風変わった本格ミステリ短編集。『翼ある闇』読了後にどうぞ。

 

あらすじ(引用)

京都某所の古めかしい洋館・戸梶邸で、資産家が刺殺された…。柵もあってしぶしぶ依頼を引き受けた名探偵・木更津悠也を待ち受けていたのは、ひと癖もふた癖もある関係者たちの鉄壁のアリバイ。四角く切り取られた犯行現場のカーテンが意味するものは?一同を集めて事件の真相を看破しようとする木更津だが…。(「白幽霊」)。京都の街に出没する白い幽霊に導かれるように事件は起こる。本格推理の極北4編。

 

短編集だが傑作の部類と評価して差し支えないと思う。麻耶雄嵩はいいぞ。

正直、「メルカトルシリーズ」が好きな私としては薄味に感じてしまう部分もあるが、非の打ち所がない綺麗なミステリという意味で最高評価の☆5をつけた。ただし、本書は『翼ある闇』の致命的なネタバレを匂わせているので、必ずそちらから読むこと。

...でも『翼ある闇』はかなりぶっ飛んでて好み別れるから、『名探偵木更津悠也』の正統派っぷりを楽しんでもらいたいのにハードル高いんだよなぁ...麻耶先生どういうつもりなの...

さて、本書の特徴は2点あげられるが、1点目は『翼ある闇』関連の話なのでネタバレに含めるとして、もう1点は「全作品に幽霊が登場し、事件の真相に関わってくること」である。しかも幽霊について合理的な解決はなされない。

この幽霊については、『メルカトルと美袋のための殺人』に収録されている「水難」を思い出した。そっちのレビューでは、「非合理的存在を前提条件としたミステリ自体は全く問題ないが、それならそれで『幽霊はルールの1つです』的な流れが欲しかった」とか書いたと思うけど、本書はまさにそれをクリアしてると思えたので全然オッケー。

明確に「幽霊はそういうもの」と描かれているわけではないものの、1話目が終わった段階で「あ、そういう短編集ね」と分かるので、個人的には不満なし。

特殊な前提条件の下で、非常にロジカルな推理が披露されるのでどちらかというとパズル的かも。西澤保彦的な。犯人当ての難易度は高めだと感じた。

収録作で個人的なヒットだったのは「禁区」、オチが秀逸だったのは「時間外返却」。

 

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

 

 

 

※  以下、ネタバレ感想(『闇ある翼』のネタバレも含みます

 

 

 

 

 

 

 

 

麻耶先生は「名探偵とは何なのか?」をテーマにした作品が多いように感じる。デビュー作『翼ある闇』でも顕著だが、ホームズ役の木更津はワトソン役の香月に導かれて「名探偵役を(無意識に)演じさせられている」のであって、ミステリにおける「ホームズの絶対性」を揺るがすキャラクターである(※1)。

『翼ある闇』では、「誤った推理を披露してしまい滝行に逃避するも2回目の推理でもトンデモロジックを導きだす、というおよそ名探偵らしからぬ行動をする木更津」に対し、「アンフェアな情報を持っているとはいえ最終的な真相を明かす役割をもった香月」の方が余程インパクトが強い。

そのため、「香月こそが名探偵なのでは?」と思ってしまった(そもそも「探偵は誰なのか」がテーマの根底にある話ではあるが)。というか、木更津にいい印象がなかった。話の展開上探偵気取りの操り人形にされてるので、魅力が見えなかったせいだけど。

 

ところが『名探偵木更津悠也』では「何故彼が名探偵足り得たのか」が説得力を持って語られる。

香月は洞察力と知力に長けているものの、およそ「名探偵としての覚悟やプライド」に欠けており、むしろ木更津こそ名探偵としての資格があるからだ。

つまり、名探偵とは推理力の問題ではなく「名探偵として振る舞えるか」の素質の問題だ、と麻耶雄嵩は言っているのではないか。香月くん、「名探偵木更津悠也」に心底惚れてるもんね。木更津と香月の関係はなかなか特殊だが、香月も木更津をおだてて心の中では馬鹿にしているのではなく、本当に木更津の名探偵っぷりが大好きでワトソン役も気に入ってるんだろうなぁという感じ。

『翼ある闇』に比べて、木更津&香月ペアの魅力がいかんなく発揮された作品集だった。香月が木更津をさりげなく誘導しながらも、名探偵っぷりに心中喝采をあげていたりして、単なる嫌な奴に終わってないのも好き。ただ、まぁ香月があまりに真相をさっさと見抜いてしまうので木更津が推理を披露する段でのカタルシスに欠けるのは惜しいところか(麻耶先生も香月は書きにくいワトソンだと言及してるそうですね笑)。

 

以下、個別の感想。

 

「白幽霊」

一番小粒な事件だった。一話目だし軽いジョブといったところ。関係者が口裏を合わせてアリバイを作っていたというのは、ある種「関係者全員が共犯者」的なものを感じて、某有名古典作品のアレを思い出した笑

まぁ面白いのは、関係者たちが犯人だと思い込んだ人物を守るため即興で口裏を合わせたものの、真犯人は別人だったという一捻り。

部外者である美智子への風当たりの強さを序盤で描写しているので、真犯人が判明した時の関係者たちの冷酷な態度がなかなか効果的に映った。自主的に嘘のアリバイを証言してまで捜査を撹乱したのに、真犯人が身内じゃないと知ると一気に冷めた態度を取るって、上手い構成だと思うんだけどどうですか。

 

「禁区」

ネタバレなし感想でも述べた通り、一番好きな作品。

何がいいって、「被害者が振り返った時感じた違和感」「被害者をわざわざ石灰に埋め隣室の扉を閉めた理由」が、「犯人が幽霊を恐れていたため」っていう普通のミステリなら「推理できねーよふざけんな」で一蹴する理由だからだよ笑

2話に持ってきたのもいい。読者的にも「この作品内で幽霊は所与の非合理的条件なんだ」って理解ができてるし、依頼主含めて事件関係者全員が幽霊を極端に怖がっていることがしっかり書かれているので、「幽霊を恐れたために、犯人は一見意味のない行動に見えるが本人には至極意味のある行動を取った」という推理にリアリティが出る。もっというと、読者にも推理可能だというフェアさがある。この、アンフェアをフェアに変えちゃう手際の良さが麻耶雄嵩なんだよなぁ(『メルカトルかく語りき』を思い出しながら)。

真相の胸糞感は1話目が断トツだが、本話も依頼人にとってなかなか可哀想な事件だった。

 

「交換殺人」

まず事件の取っ掛かりとなった「殺人を交換しようと持ちかけられた」という依頼がユニークで、真相も斬新。

ただ、本当に殺したい相手のために無意味な殺人を2件起こさなくてはならないため、余程な動機が必要になるところ、読者がその動機を推理するのはやや難しく、アンフェアにも感じた。妹の存在はさりげなく示されていたが、普通に考えたらやっぱり通り魔の犯行の方が妥当だと思ってしまうので。

伏線が細かく張ってあるため完全にアンフェアとは言えない&解決の手際が鮮やかなので、総評として良作の部類だと思うけど。

 

「時間外返却」

まず意外な犯人像だが、正直、麻耶雄嵩の(反転でタイトルネタバレ)神様ゲーム』の真犯人(ここまで)と同じ方向性だったので途中で気付いた。

でもちょっと伏線が少ないかな。確かに交際相手が男だとは一言も書いてなかったけど、主婦と付き合うってことは性別と既婚者っていう二重の壁があるわけで。まぁ目くじら立てるほどではないけど。タイトルにもなっている、「何故レンタルビデオをわざわざ返却したのか」も「主婦だったので延滞料を無意識に勿体ないと感じた」みたいな推理に犯人の特性が組み込まれてるのも面白かったし。

 

そしてやはり白眉なのはオチ。あまりにあっさり書かれているので、下手したら読み飛ばす人もいるんじゃないか?

「まあ、僕もまるっきり無能ではないということだ。それまで彼氏と云っていたのに、徳子と話してからは恋人としか云い表さなくなったとかね」

この一文に、今まで香月目線からでしか描かれなかった木更津の、内面の複雑さが表れていて読み返すだに溜め息が出る。上手いなぁ。

しかもこれをクドクド書くんじゃなくてあっさり書くし、香月も「バレてたのか...」とか言いださない。話はこれでおしまいで、すぐ違う話題に移る。大きなインパクトのある部分なのに、敢えて説明を極力省く手法。麻耶雄嵩カッコ良すぎ。でも私は凡人なので、ごちゃごちゃ書きます。

木更津はこの事件を通して、自らの至らなさを痛感するが、ただ反省するだけではなく視点を変えて考え直すことで更なる「自分の無能さ」に気付いてしまう。

即ち、ワトソン役と考えていた香月こそが自分を導いていたのであり、今回の事件についても完全にリードしていたこと。ホームズ役が、ホームズ役の絶対性が虚構であることに気付いてしまった」のである。

ホームズはその絶対性を信じるが故にホームズである(少なくとも、香月が木更津に見た名探偵の資質の中にそれは含まれていると思う)。

が、木更津はホームズも絶対的ではないことに気付いてしまったものの、これによって「見えない操り手香月の存在に気づく」ことが出来たため、ついに香月の思惑を越えることとなった。

ホームズの絶対性が虚構だと気付きワトソンの操りから逃れることで、改めてホームズの絶対性を獲得することが出来るわけで、一種矛盾状態とも言える。香月の反応から考えても、木更津がこの気付きによって一皮剥けたことは間違い無く、今後の木更津&香月の関係がますます期待できるだろう。

まぁしかし、こういう「ワトソンが実は黒幕」みたいなのって、一般的にはホームズ視点から書いて衝撃を与えるのが定番だろうし、やっぱり斬新だなぁ。好き。

 

 

あとこの本図書館で借りたんだけど、こんだけ良い本なんだから再版かけてくれ。読める機会があれば次は『木製の王子』あたり読みたい。

 

 

(※1)取り敢えず現段階で読んだ麻耶雄嵩作品中の「アンチ名探偵」は以下の通り。

貴族探偵

自分では推理しない。召使がやる。「唯一無二の名探偵」に対して、「名探偵役はいくらでも替えがきく」点でアンチ。

「神様」

絶対の真相を語るが、論理的な推理はしない。「推理という過程を以って読者を納得させる真相を提示する名探偵」に対して、「推理は所詮真実の前ではなんの意味も持たない」点でアンチ。

銘探偵メルカトル」

評価が難しいな笑   メルカトル自体がアンチというより彼の関わる事件がアンチ。ネタバレに抵触するので割愛。